第259話「無限予選」

 Grand《グランド》Touring《ツーリング》War《ウォー》のサバイバルゲーム世界大会が始まったのは、サービスが開始された2025年。

 心配されていた筐体の供給数は十分に揃えられたものの、初年度ということもあってゲーム部を創部する学校の方が少なく、その参加数は僅か17校と世界を冠するには非常に規模の小さい大会となった。

 その大会形式は、17校による総当りの予選を行った後、勝ち点が多い上位4校で決勝トーナメントを争い、東儀雅率いる桃李成蹊女学院が優勝で幕を閉じる。

 一見、失敗したかに見える第一回大会なのだが、東儀雅の人気が社会現象になるほど巻き起こり、宣伝という意味においては、成功といえる結果を収めた。


 大会を終了してからもその余波は大きく、雅は世界中の様々な企業からオファーが殺到するのだが、本人が希望しないことを受け、桃李成蹊女学院が防波堤となって雅を守ったのだが、それは学院外の話で学院内はというと混乱を招いていた。

 それというのも、学院内にゲーム部、いや、正確には東儀雅が作ったクラブがあることを秘密にされていたからだ。

 入学試験時から「絶世の美少女が入学する」と噂され、部員の大移動を恐れた各部は、入学前から本人の知らないところで勧誘禁止協定を結ばれるほどだったのだが、幸か不幸か、雅は次に受験を控えている妹・飛鳥の勉強を教えるため、帰宅部を選択したのだ。

 しかし、2025年3月、始業式を迎える前にゲーム部を創部したいと東儀雅が申請して来たことで、教師たちによる緊急対策会議が開かれる。


「なんで虎塚さんのお願いを受けたんですか、校長!」


「仕方ないでしょ、ウチの生徒が困ってるって言うんですから……」


「あの東儀ですよ! 間違いなく、大変なことになりますよ!」


 2年生のみが対象のミス桃李コンテストで、本来選択される筈のない1年生が2位との票を4倍近く突き放した1位だっただけに、潜在的な数はもっと多いと考えた教師と生徒会は、急遽、バレンタインを中止したのだった。


「そんなこと、言われなくても解ってますよ。私だってプロになったのが、東儀くんだとは知らなかったんですよ!」


「では、創部を認めない方向で……」


「それはダメです! 生徒の未来を潰すような真似は出来ません!」


「校長が校風を重んじるのは尊敬いたしますが、このままでは一人の生徒のために、大勢の生徒が振り回される可能性があります」


「だから、良い手はないかと、こうして会議をしてるんじゃないですか。みなさん、なにかありませんか?」


 すると、会議室の右奥に座る国語教師の田崎がゆっくりと手を挙げ、思いついた案を提示する。


「こういうのは、どうでしょうか? 創部は認めるが、その存在を秘密にさせるのです」


「秘密に? インベイド社の筐体は大きいと聞きます。隠せるでしょうか?」


「部室を体育倉庫裏にしては、どうですか? あそこなら、倉庫が陰になってますし、秋の体育祭まで生徒が近づく可能性も低い」


「おぉ! それで行きましょう!」


「待ってください、校長! 部室は良いとしても、秘密にさせる理由が必要です。本人たちが部員募集しては、元も子もありませんからね」


「理由? そのまま伝えるのは?」


「ダメです。それだと来年度も秘密にしなければなりませんし、他の生徒がゲーム部を創部したいと言われた時の対応が出来ません」


 それに対して、数学教師の佐藤が不安を口にする。


「今年、他の生徒が言って来ないでしょうか?」


「それは大丈夫です。言ってくるとしても、多くて10人程度でしょう。その時は、東儀の部へ入れてやれば良いんですよ」


「おぉ! 流石です、教頭先生。あとは理由だけですね……」


 少しは考えてくださいよと言わんばかりの表情を見せながら、教頭が仕方なくそれらしい答えを出した。


「予算が想定し難いクラブですから、初年度は検証が必要だということにしては、如何でしょう?」


「いいですね、それにしましょう。他に、問題点はありませんか?」


「あの~、顧問はどうされます?」


「確か、虎塚さんの甥御さんが4月から入られるんでしたよね? その人にしてもらいましょう」


「でも、彼との契約では……」


「校長、サンフランシスコ海外研修に行くまでに、説得してくださいね」


「解りました。それでは皆さん、くれぐれも内密にお願いします」


 始業式が終わって早々、校長室に部長である東儀雅を呼び出した。


「本年度は、ゲーム部の活動に幾ら掛かるかなど様子を見たいので、これ以上、部員を増やさないでください」


「は、はい……」


「あと、部があることも、秘密にしてください」


「どうしてですか?」


「入りたいと思っても、入れない訳ですからね」


「そ、そうですね……解りました。あの~、顧問の先生は、誰になるのでしょうか?」


 だが、その答えは校長ではなく、横に立っていた教頭が代わりにするのだが、未だ虎塚刀真と交渉に至ってないことを皮肉るような内容だった。


「現在、新任の虎塚先生と交渉中です」


 校長は、驚いた表情を見せ、教頭の顔をうかがうのだが、それを無視して話を続ける。


「ですので、もし、虎塚先生が顧問を受けなかった場合、もう顧問を受けられる先生が居ないので、部を認めることは出来ません」


「ちょっと、待ってください! 名前だけで構わないんです! 寧ろ、干渉されたくないくらいなんです!」


「そういう訳には行きませんよ。もし、何かあったら、誰が責任を取るんですか?」


「わ、私が……」


「生徒に責任を取らせる訳ないでしょ!」


「ふ、二人とも落ち着いて、ちゃんと虎塚先生には受けてもらうよう、私が説得しますから……」


「それでは校長、明日から海外研修なんですから、本日中にお願いしますね」


「ま、任せておきなさい」


 こうして、部室が体育倉庫の裏で目立たなかったことや、ゴールデンウイーク明けから主に活動場所が虎塚邸になっていたこともあって、運よく他の生徒たちにその存在を知られることはなかったのだが、大会が全世界配信されてしまったことで、一気に職員室は混沌と化す。

 なんとか生徒たちのクレームは、上手く誤魔化せたものの、2026年度はそうも行かず、とはいえ、全員を入れる許容量もないので、一ヶ月掛けた入部テストを行う羽目になった。


 2026年、東儀雅の二番煎じを期待した世界中の高校がゲーム部を次々に創部したことで、この年の参加校は、インベイド社が補助金を出したことも手伝って17ヶ国86校までに膨れ上がり、二年目にして、エリア予選を経て決勝トーナメントを行う、ワールドカップ規模の大会となった。


 2027年、東儀雅が卒業しても大会の火を消さないために、運営は「決勝トーナメント出場者全員に、1年間学費をインベイド社が負担する」と発表、すると当然のように参加校は予選日程が組めないほどに増えた。

 しかし、これも運営にとっては計画通りで、この年から一次予選をCPU戦に変更し、通過できないチームを振るい落とす、ノックアウト方式を採用する。

 と、ここまでは想定内だったのだが、賞品を付けてしまったことで、レギュラー落ちした桃李新宿のゲーム部員たちが転校してしまう事態が発生する。

 この転校事件を重く見た桃李成蹊女学院の理事会は、ゲーム部廃止まで議題に上げたのだが、これを虎塚帯牙が介入し、たった一度の交渉でこれを解決する。

 その内容とは、ルール変更は勿論のこと、決定打となったのが『桃李が目指している教育を広げる手伝い』を約束したからだ。

 これによって、桃李成蹊女学院とインベイド社は独占契約を交わし、インベイド社が手掛ける都市開発内の学校を桃李にするだけでなく、校内のインフラストラクチャー整備などインベイド社が惜しみなく協力したことによって、桃李成蹊女学院は幼稚園から大学まで一貫する男女共学校として、2028年、桃李成蹊学院に名を変える。


 2028年の大会のルールは、学校の参加チーム数に制限が設けられないように変更され、また、強いチーム同士が予選で潰しあわないように、地区予選も廃止された。

 この変更によって、転校は防げるようになったものの、決勝トーナメントに進んだチームの半数以上を桃李新宿で占めてしまったことから「校内でやれ」とファンから嫌味を言われる結果を招いた。


 2029年、更にルールは変更され、その参加資格を13歳から18歳まで枠を広げただけでなく、学校が違ったとしても、例え学校に通っていなくとも、自由にチームが組めるようにした。

 これによって、打倒新宿の旗を掲げた選抜チームも参加し、大会は盛り上がりを見せた。


 しかし、2029年を最後にその後の決勝トーナメントは、桃李の姉妹校によって独占されてしまう。

 とはいえ、それは誰もが予想できた当然の結果で、上手いプレイヤーは皆、桃李を目指し、受験しても落ちる可能性が極めて低く、その受け皿も巨大であったからだ。

 授業料が高額な問題はあるものの、大会で結果を出せば1年間の学費を獲得できるため、中学から高校の6年間の授業料をそれで支払った生徒も多く、さらに大学へ進んでからもゲームで学費を稼ぐ者もおり、特に新宿のS級部員であれば、学費は全て部活で賄えると言われている。

 とはいえ、校風は学業優先であるため、成績不振で部活動停止を言い渡される部員も少なからず現れた。


 その後、使用禁止の機体や武器など、細かなレギュレーション(制限)はあったものの、大きなルール変更は行われなかった。



 ――そして、時は流れ、2041年。


 大会のCPU予選は、6月1日から10月31日の5ヶ月間で、一度登録したチームを変更することは出来ないのだが、期限が来るまで何度でも挑戦できる。

 一見、4月入学が有利に見えるのだが、攻略として、敢えて参加を遅らせるチームも多く、参加者の中には、この予選を無限予選と呼ぶ者も居る。


 一体、どういうシステムなのかというと、予選を通過できる枠は64なのだが、65チーム目が通過した時点でリセットされ、再び、予選のやり直しとなるのだ。

 しかも、ただのやり直しではなく、AIがそれまでに蓄積した対戦データから対策を考え、次の予選を自動生成するのである。

 これを64枠以下になるまで永遠と繰り返すため、参加を遅らせるチームもあれば、逆にガンガン参加してAIのレベルを上げてくるチームもあった。

 そして、通過チーム数が32を割らない限り、決勝トーナメントはその数で行われるのである。

 CPU予選が始まって13年の歴史の中で、一度だけ最終日にリセットが起こったことがあり、通過数が7チームと極めて少なかったことから、この時ばかりは最終通過チームと被らない前通過チーム62チームを合わせて、69チームが決勝へと進んだ。


「うわぁー、部長! まだ7月なのに、もうAIレベル86になってますよ!」


「杉田、イチイチ気にするな。どの道、10月には200を超える。そこからが、本番だ」


 桃李成蹊学院新宿校は、10月20日まで参加を見送っている。

 それは部員の殆どが、一つでも上のクラスで参加したいからだ。

 新宿のレベルは高いので、A級でも予選を通過できることが多いのだが、やはり優勝を狙えるS級で参加したいという訳だ。


 ちなみに、世界各地にある桃李成蹊学院の姉妹校は、その国の入学時期に合わせていて、新宿校など日本の学校は4月で、サンフランシスコ校は9月になっているのである。

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