第258話「探偵ごっこに、さよなら 後篇」

 普段は、小鳥のさえずりや川のせせらぎしか聞こえない、そんな静かな森の奥深くで、様々な機械音が鳴り響いていた。

 ピーター・ハートとジェシカ・フーヴァーは、その光景を目を丸くしながら、眺めていた。


 交渉が成立してから40分後、年齢も性別も判らない黒ずくめの者たちが12人現れ、その内のリーダー格と思われる者が原田と紬に話し掛け、他の者たちはまるでロボットのように淡々とパソコンや清掃ロボットなど様々な機械を運んで入って来る。

 状況説明が終わったところで、リーダー格の男が4人に指示を出すと、トニー・レイモンドと筒井耕太を担架で運び、紬もそれに同行させる形で小屋から退去させた。


 リーダー格の男がマーティンへと近づき、その右腕を調べる。


「思った以上に深く噛んでる、面倒だな……」


「シンシン、やれそうか?」


「ある程度は出来るが、協力が必要だな」


 シンシンと呼ばれた男は「交渉は、成立してるんだよな?」と言って、ジェシカの方を向く。


「なに? なにをさせる気?」


「簡単な話さ、ジェシカ・フーヴァー。君が司法解剖を行い、証拠を隠滅する」


「司法解剖は、一人じゃないのよ」


「分かってる。だから、死体に偽装を施すのさ」


「偽装?」


「あぁ、刺された傷は接着剤でふさぎ、傷跡も塗装で消す。歯型も同様にある程度までやるが、それでも、疑いを掛けられ厳密に調べられれば、偽装はバレてしまうからね」


「でも、服には刺された血痕が……」


「大丈夫、着替えは持って来ている」


「容易周到ね」


「いいね? あくまで、コイツの死因は銃による自殺だ」


 呆れた表情を見せながらも、ジェシカは二度頷いた。


 シンシンが死体への偽装をするため、服を脱がせる途中、ズボンのポケットからFBI手帳を取り出すと、パソコンを操作する者へ、それを投げる。

 受け取った者は、捜査官の目の前で堂々とFBIのデータセンターにログインを始めた。


「ちょ、ちょっと……ッチ!」


 反射的に止めようとしたジェシカであったが、交渉内容を思い出し、舌打ちに留めた。

 数分後、その者がマーティンの直筆データを見つけると、それをコピーし、何かのプログラムに掛けている間、トニーの犯行告白だった文章をマーティン用の告白に編集し、それをパソコンに打ち込み、鞄からマウスほどの小さな装置を取り出すと、それを白紙の上に載せた。


「何が始まるの?」


 その質問に、パソコンを操作していた者が「まぁ、見てなよ」と得意気に答える。


 女性? 子供じゃ……ない・わ・よ・ね?


 小さな装置は紙の上を小刻み動き出し、マーティンの筆跡で告白文を書き出すと、最後にサインを添えて終了した。


「パソコンで筆跡をAIで学習させて、書き出すガジェット(装置)なのさ」


 ジェシカは呆れ、天を仰いだ。


「こんなのが在るんなら、もう筆跡鑑定は終わりね」


 あっという間に、作業は終わりを向かえ、原田から今後の連絡用携帯電話を渡されると「あとは、よろしく」とだけ言い残し、去ろうとする原田をピーターが止める。


「待ってくれ。アンタら組織に、調べてもらいたい人間が居る」


「誰だ?」


「名前は、レオナルド・ベント。CIAだ。おそらく、テロ組織に深く関わっている。俺たちは既に目を付けられて、ヤツを調べることが出来ない」


「解った」


 ピーターとジェシカは、原田たちを見送りながら、いつ終わるか判らない事件の行く末を見つめていた。



 ワシントンDCに在るインベイドタウン(インベイド社が運営する都市開発地)の病院へ運ばれた筒井耕太は、指の手術も終わり、特別な個室のベッドで寝かされていた。

 耕太に謝罪をしてから日本へ戻ろうと考えていた紬は、耕太が目覚めるのを待っていると、そこへハラミが入って来た。


「紬、さっきは悪かったな」


「いえ、本当のことですから……」


「いや、それが違うんだ」


「え?」


「交渉に緊張感を持たせるために、あえて言ったんだ。紬、君の行動を否定したが、君の行動は正しかったんだよ。刀真から習ったろ? ゲームをする者が、罪を犯してはならないって」


「は、はい……」


「その理由も解ってるな?」


「例え、正当防衛であったとしても、ゲームに悪い印象を持つ人が居るからです」


「そうだ。偏見を無くすことは容易じゃない。おそらく、君は既にプロを引退しているが、持ち出される可能性は十分考えられたからな」


「でも……」


 紬は、悲しそうに視線を耕太に移した。


「こいつも、覚悟はしてたんだろ?」


「だけど……アタシが……」


 紬の零した涙が耕太の頬に当たり、その瞳が開く。


「どうしたんだよ、君らしくない」


「すまない。アタシの所為だ、アタシの所為で指を……」


「なに言ってんだよ。君も僕も死ななかったじゃないか、指一本で済んで良かったくらいだよ」


「いや、助けが来なかったら、二人とも殺されてたんだ。もっと、アタシが策を練れていたら……」


 その時、扉を荒っぽく開けたラルフ・メイフィールドがズカズカと入って来て、烈火の如く怒り散らす。


「全くだ! ゲームと実践の区別も付かんとはな!」


「彼女は悪くない! 僕が、僕が全部悪いんです!」


「当然だ! テメーがかばえる立場か! 全部、テメーの所為だ! 指一本失ったくらいで、罰を受けたと思うなよ!」


「す、すみません」


「一生、コキ使ってやるから覚悟しろ!」


「あのー、僕、辞めましたけど?」


「受理してねーよ! バーカ!」


「へ?」


「いつまでも寝てんじゃねー! サッサと帰るぞ!」


「ちょ、ちょっと、ラルフ! 手術、終わったばっかなんだよ!」


「うるせー! 指一本、無くした位で大袈裟な!」


 するとそこへ、白衣を着た医者が現れ、


「ラルフ、此処は病院なんだぞ! 騒ぐんじゃねー! 熱が出るかもしれんから、そいつは3日入院させる!」


 医者は「テメーが一番、騒いでるじゃんかよ」と呟いたラルフをキーッと睨みながら、耕太へと近づく。


「君に付けた義指について、説明する」


「はい」


「根元の骨が残っていたから、そこに人口骨で繋ぎ、周りをインベイドゴムで囲んでいる。爪の部分を押すことによって微量の電流が流れ、およそ5分間だけ、指を固定することが出来る。慣れれば、そこそこ不自由なく使える筈だ。蓄電方法は、手を10回振るだけでいい。もし、動かなくなったら連絡してくれ。以上になるが質問はあるか?」


「いえ」


「それじゃ、ラルフにハラミ、話があるから別室へ」


 すると、紬は思い出したように、ハラミを止める。


「ハラミさん! これをヨハンとフレデリカに」


 そういって、眼鏡を二つ差し出した。


「おい! その眼鏡って、まさか!」と前に出てくるラルフを抑えながら、ハラミが受け取る。


「成り済ましのヤツだな」


「はい」


「駄目だ!」


「いや、こいつは使える」


「使えるかとか、使えないとかの問題じゃねー!」


「こいつは貰って行く」


「おい!」


「文句があるなら、テッチャンに言ってくれ。じゃあな、二人とも。後は俺たちに任せて、もう関わるなよ」


「はい」


 二人になったところで、紬はヨハンたちがタイガーチームに保護されていること、そして、まだヨハンたちの無実が公表できないことを伝え、再び、謝罪した。


「だから、謝らなくていいんだって。僕の目的は達成されたし、二人とも命があるんだ。ミッションは、大成功だよ。僕一人じゃ何も出来なかった、ありがとう、紬さん」


「こちらこそ、ありがとう。まだ、アタシの復讐が達成できたとは言えないけど、ヨハンの無実は勝ち取ることが出来た」


「これから、君はどうするの?」


「アタシは、日本へ戻って、教師になる」


「そっか……じゃ、もう、お別れなんだね」


「あぁ、そうだな」


「不謹慎だけど、楽しかったよ」


「不謹慎だな……でも、アタシも楽しかったよ」


 その後、二人とも話すことが減り、気まずくなった紬は、


「じゃ、アタシ、そろそろ行くわ」


「あ、うん。ありがとう……あ、あの、あのさ」


「なに?」


「い、いや、なんでも……」


「そっか、じゃ」


「うん、じゃ」


 病室を出て行く間際に、紬は振り返り、


「あの、あのさー」


「なに?」


「またな」


「うん、また」

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