第256話「交渉」

 筒井耕太の治療を終えた迷彩服の男は、テーブルにあった手紙のようなモノに目を通すと、ベッドで横たわるトニー・レイモンドの方へと向かいながら 南城紬に自分の正体を明かす。


「そう言えば、お嬢ちゃんたちに会ったことは無かったよな?」


「え? 誰?」


「本名は言っても、判んねーだろうから……ハラミと言えば判るか?」


「タイガーチームの!?」


「そうだ」


「じゃ、ジジイが……」


「いや、旦那は行方不明のままだ。ラルフさんがな、この坊主が怪しい動きをするだろうから、陰で助けてやってくれって、テッチャンに連絡してきたんだよ。で、俺が来たって訳だ」


「そうだったんですか……お陰で助かりました」


「すまんな、監視カメラとか、他にテロリストが潜んでないか調べてたら、ちょっと遅れちまったな」


 耕太の指が無くなったのをハラミは自分の所為かのように言ってくれたが、紬は自分の作戦の甘さを痛感していた。


「いえ、アタシの所為です……」


 ハラミは、トニーが生きているかどうかを確認した後、彼の頬を叩いて起こしてみたのだが、目を覚ましたトニーは唸るばかりで、まともな会話が出来ない。


「ん? 薬漬やくづけにされてるな……」


「薬漬け?」


「手錠の鍵は、何処だ? 切るか?」


「いや、そいつはテロリストだから……」


「違うと思うぞ。そこにある手紙を読んでみろ」


 テーブルに置かれてあった手紙には、箇条書きに自分の犯行を告白した内容と、最後に「その責任を取る」と書かれ、自筆のサインがなされた遺書のようなモノだった。


「これの何が?」


「最後の罪が、未だ果たされてない」


「え!?」


「今、ヨハンの追跡を担っているFBI捜査官のピーター・ハートは、まだ殺されていない」


「罪をなすり付けられた?」


「そうだろうな」


 その時、ハラミの電話が鳴る。


「今、連絡しようと思ってたんだが……え? ピーター・ハートがコチラに向かってる? 困ったなぁ」


 そうボヤいて、ハラミは淡々と電話の相手に、現状を報告する。


「どうする、テッチャン?」


  宮本さん?


「あぁ、解った」


 電話を切ると、ハラミは真剣な面持ちに変わり、紬に語りかける。


「以前、君は刀真さんの研究所で、この坊主に死ぬ覚悟はあるかと尋ねたな」


 盗聴されてたのか、いつの間に……。


 だが、あえてそれには触れず「はい」とだけ答えた。


「俺からも、君に問う。だったら、殺す覚悟もあったのか?」


「そ、それは……出来るだけ、回避したいと……」


「出来るだけ、だと? その結果が、このザマか?」


 さっきとは打って変わり、ハラミの言葉に優しさはなく、厳しいものであっただけに、紬は涙を浮かべる。


「テイザー銃ではなく、本物の銃だったなら、そいつは指を失わずに済んだんじゃないか?」


「その通りです……」


「今すぐ、此処から立ち去れ! そして、忘れろ!」


 言われるがままに、紬は耕太を抱えようとするのだが、


「お前では無理だ。そいつは、置いて行け!」


「嫌です! 逃げるなら、一緒じゃないと……」


「捕まるのも、一緒か?」


「そうです!」


「ならば、改めて問う。殺す覚悟はあるか?」


「あります!」


「いいだろう。今からFBIのピーター・ハートと交渉をする。だが、コチラの意にそぐわない場合、お前が殺せ」


 ハラミは、そう言って胸ポケットから手のひらサイズの小型銃を取り出すと、それを紬に渡した。


「ちょっと待ってください! テロリストでもない人間を殺せって言うんですか?」


「だからなんだ? これはテロリストとの戦争だ。戦争で一般人が巻き込まれることもあるだろ? 出来ないのなら、坊主を置いて、サッサと立ち去れ!」


 最早、紬に選択肢は無かった。

 そして、紬の涙が乾いた頃、エンジン音を伴って、二人組の男女が拳銃を構え、小屋へと入って来た。


「FBI捜査官のピーター・ハートだ」


 ハラミは、両手を挙げ「待ってたよ」と答える。

 しかし、ピーターが気になったのは、床に転がる男の方だった。


「ん? マーティン!? ジェシカ! マーティンを」


「ダメ、死んでる」


「お前が殺したのか?」


「そうだ。だが、正当防衛だ」


 それに対し、ジェシカが「証拠は?」と問うと、紬が勇気を振り絞って声を出す。


「そ、それは本当です! アタシが証人です!」


「仲間じゃないの? そんなの証拠にならないわ」


 だが、それを誰よりも早く否定したのは、ピーターだった。


「マーティンが此処に居る理由を考えれば、疑う余地は無い。とはいえ、話は聞かせてもらおうか」


 ピーターが銃を胸元のホルダーに差し込むと、それに合わせるように、ハラミも両手を下ろす。


「まずは、テーブルにある手紙を読んでくれ」


 ピーターとジェシカがそれに目を通すと、


「俺も、君も死んだことになっているな。で、そこに居るトニーは、死んでいるのか?」


「いや、今は薬で眠らせている」


 まだ、信用できないジェシカは「どうして、眠らせる必要があるの?」と半ば喧嘩腰に問いただす。


「麻薬を投与されていたからだ。幻覚症状を起こされ、暴れられたら不味いと思ってな」


「そろそろ、君たちの正体と、何故、此処に居るのか教えてもらおうか?」


「俺の名前は原田、彼女は南城、そこで眠ってる坊主は筒井で、俺たちはヨハン・ポドルスキーの無実を証明するため、此処へ来た。まず、二人に此処へ進入させ、俺は外で見張ってたんだが、その男が家に潜んでいてな、二人を殺そうとしたため、止むを得ず、俺が撃った」


「ラルフ・メイフィールドの指示か?」


「いいや、関係ない。我々の独断だ」


「だったら、何故、待っていると言った? 電話が掛かってきたんじゃないのか?」


「いいや、そこの手紙を読んだからさ」


「なぜ、逃げなかった」


「このままでは、トニーが犯人にされてしまう」


「それは無いわ! 事実、私たちが生きてるんですもの」


「此処にも、甘い女が居たか……」


「なんですって!」


「よさないか、ジェシカ! 残念だが、彼の言う通りだ」


「どうしてよ!」


「彼の説明が足りないだけさ。今、この段階では無実を証明できる。だが、トニーも俺たちも殺された後で、証拠が改竄され、トニーが再び、犯人にされてしまうってことだ」


 それに対して、ハラミは「素晴らしい」とピーターに拍手を贈り、ジェシカにキィーッと睨まれる。


「で、俺たちに、どうしろと言うんだ?」


「トニーの罪をそいつに着せる。そして、トニーの身柄は我々が預かる」


「なんですって! そんなこと許される筈ないでしょ!」


 その言葉に紬は震えながら、銃を構え、


「お願い、従って!」


 ピーターは、銃を取り出そうとするジェシカの手を押さえ、


「サインの偽造も、お願いできるか?」


「ピーター! なに言ってるの!」


 ハラミは、笑いながら「お安い御用だ」と答えるのだった。


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