第255話「知らない色」

 ピーター・ハートは、或る男に電話を掛けていた。

 自分の勘が正しければ、FBIのサーバーへ侵入したのは、その男かその関係者だと思ったからだ。

 いつもなら、勘で動くような真似はしないのだが、今はその者の命が危ない。

 相手が電話に出ると、ピーターは挨拶抜きに、ストレートに疑問をブツける。


「FBIのサーバーに侵入したのは、アンタか?」


 身に覚えは無いが、心当たりのあるラルフ・メイフィールドは、質問で聞き返す。


「いきなり、なんのことだ?」


 否定せずに、疑問で返したな?


「もし、そうだとしても、罪は問わない! 正直に答えてくれ」


「だから、何の話をしているんだ?」


 答えんか、むを得ん!


「悪いが説明している暇は無い! 今は一刻を争う! もし、アンタの関係者が関わっているなら、プリンス・ウィリアム・フォレスト・パークに近づくなと伝えろ! いいな!」


「了解した」


 電話を切ったピーターは、左奥の席に座る捜査官を呼ぶ。


「ニック! 君のバイクを貸してくれ」


 今すぐ向かおうとするピーターを、ジェシカが慌てて止めるのだが、ピーターはそれを無視して、ニックから鍵とヘルメットを受け取ると、駐輪所へと駆け出した。


「ちょっと、待ってよ! 罠なんでしょ!」


「そうだが、向かうしかない! 君は、此処で待機してろ!」


「なんでよ! 私も行くわよ!」


「危険すぎる! もしも、俺が帰らなかったら、君が引き継いでくれ!」


「嫌よ!」


「これは命令だ!」


「そんな命令従う筈ないでしょ! もしもにならないように、私も付いて行くのよ!」


「どうなっても、知らんからな!」


 荒っぽく一つしかないヘルメットをジェシカに渡すと、ピーターはオフロードバイクに跨り、ジェシカを後ろに乗せ、走り出した。



 その頃、レオナルド・ベントは、ウィリアム・ウェブスターの死後硬直が始まる前に、銃を握らせていた。

 そして、わらいながら、既に返事ができなくなった依頼主へ、任務の完了を告げる。


「ご注文通り、巧くやりましたよ」


 自画自賛するほど、今回の手際は良かった。


 逃げたハイジャック犯のサミュエルたちをコスタリカで葬った後、再び、後始末を依頼されたレオナルドであったが、既に手遅れと言えるほどの酷い状況で、誰が見てもプロの組織であることは明白で、Extinvadに罪を着せるには無理があった。

 そこで、レオナルドは「あのハイジャックは、軍事革命を起こそうとした者たちの計画だった」という別の絵を描き、その証拠を作り上げる為の時間稼ぎとして、ヨハンをタクシー爆破犯に仕立て上げ、ローガン・スミスをハイジャック事件から遠ざけさせた。


 生き残りのハイジャック犯アドリアーナ・ロトチェンコの口を封じたのは、ネイサン・トレイナーであるのだが、その証拠がなかった為、状況証拠となり得る武器の横流しや、それに対する報酬と推測できる金を用意し、ネイサンの自宅に隠した。


 逃げたハイジャック犯の逃亡を手助けしたのは、NCSI(海軍犯罪捜査局)レイモンド隊の副官デニスであったのだが、ローガンがトニー・レイモンドに接触したことから、トニーがこの計画の参謀だったというシナリオに変更する。

 自分が使用していたプリペイド式携帯電話を、NCSIの人事データにあるトニーの個人データに追加し、さらにブラックレイン事件で使用されたマシンガンや銃、その証拠となる監視カメラ映像が入ったハードディスクなどを彼の傍に置くことによって、自分の罪をトニーに着せる。

 また、生きたまま拘束させたのは、ネイサン・トレイナーの暗殺や、副官デニスの殺害も同様に、トニーの犯行とする為だった。


 そして、ハイジャックの首謀者として、国務長官ウィリアム・ウェブスターは、ピーター・ハートに証拠を握られたことを知り、自害することでハイジャック事件は終焉を迎えるのである。


 ダレス国際空港を飛び立ったジェット機の中、レオナルドは窓の外に広がる森林を見下ろしながら、これから訪れるであろう未来に祝杯を挙げる。


 ピーター、貴様なら難なく罠だと見抜ける筈だ。

 だが、それでも貴様は向かうしか手が無い。

 敵が誰なのかも、何人居るのかも判らない状況では、SWATはおろか、他の捜査官ですら使えまい?

 あとは、ノコノコと現れた貴様らをマーティンが背後から撃つだけ、マフィアの下っ端でも出来る、簡単なお仕事だ。

 たとえ、マーティンが失敗したとしても、俺に繋がる道は無い。


「ただ、残念なのは、貴様の悔しがる顔を拝めないことだよ」


 レオナルドは、手にしたワイングラスをプリンス・ウィリアム・フォレスト・パークに向けて掲げ、イタリア産の白ワインを飲み干した。


 だが、レオナルドの絵は、彼が予期せぬ二つの色によって絵が侵食され、徐々に崩れ始めていた。



 深い森の小屋の中で、マーティンは耕太に向け、引き金を引こうとするのだが、耕太は必死でそれをかわし、銃を持つ右腕に噛み付いた。


「このガキーッ!!」


 離さないぞ!

 死んでも、離すもんかーッ!


 だが、マーティンは左手で耕太の頚動脈を押さえ、絞め落とす。


 気絶した耕太を横へ転がすと、マーティンは立ち上がり、紬に銃口を向ける。

 紬は、コメカミを殴られ影響で軽い脳震盪を起こしたようで、上手く動けない。


「終わりだ!」


 乾いた銃声と硝煙の香りが部屋を包み込み、マーティンが崩れるように倒れ、迷彩服に身を包んだ男が窓から部屋に入って来る。


「なんとか、間に合ったな」


「あ、アンタは?」


「その前に」


 男は、そう言ってスタスタと気を失った耕太の下へ向かい、耕太を仰向けにして、両足を持ち上げる。

 すると、足の血流が脳へと流れ、数秒で耕太は目を覚ました。

 さらに男は、ズボンのサイドポケットから銀色の水筒を取り出すと、耕太の無くなった左手人差し指に吹き掛け、今度はウエストポーチから包帯を取り出し、止血を始める。


「あ、あ、あ、貴方は?」


 激痛に耐えながら質問をしたのだが「お前は、これ飲んで寝てろ」と薬を無理やり飲まされ、あっという間に夢の中へいざなわれつつも、視界が霞む中、紬が無事であることを確認すると、安心して眠りに付く耕太だった。

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