第254話「Deep Forest」

 埃とコンクリートの臭いが立ち込める廃ビルは、電気が止められているようでエレベーターが動かない。

 白髪の老人は、仕方ないとばかりに指定された4階まで階段を使うことにした。

 80を超えた体重と60を超えたよわいで上る階段は本人とって重労働で、階を上がる毎に不機嫌が増す。

 ようやく4階に辿り着いた時、暢気に窓際で煙草を吸うレオナルド・ベントの姿が目に映り、怒りをあらわにする。


「こんな所に呼び出して、重要な話とはなんだ!」


 レオナルドは、吸っていたタバコを壁で擦るように消し、ポケットから取り出した携帯灰皿にそれを収める。


「国務長官、貴方に責任を取って頂こうと思いましてね」


「責任? なんの責任だ?」


 身に覚えのないウィリアム・ウェブスターに、レオナルドはその罪を告げる。


「貴方には、ハイジャックを画策した首謀者として死んでいただくことになったんですよ」


「な、何を言ってるんだ! あれは……」


「貴方の計画ですよ。もう、そうなってる」


「わ、わ、私を、裏切るのかーッ!」


「裏切る? 何か勘違いされてませんか? 確かに、貴方は今回(計画)のキングだ。だがそれは、貴方も盤上に立つキングと言う名の駒の一つに過ぎないんですよ」


 レオナルドは胸元から銃を取り出しすと、ウィリアムに銃口を向け、


「いつから、動かす側だと勘違いした?」


「ま、待て! 待ってくれ! 私にも、まだ利用価値がある筈だ!」


「えぇ、勿論、ありますとも。ハイジャックの首謀者として、死ぬ価値がね」


「お願いだ、もう一度、もう一度だけチャンスを! レニー、君からも、あの方に……」


「必要なのは、忠実に動ける駒なんだろ? 大人しく、キャスティングから外れろよ」


 レオナルドは、男の口へ銃口を刺し込むと、躊躇いなく引き金を引いた。

 サイレンサーを付けられた銃は静かな音を発し、弾丸は口から頭部へと突き抜けた。

 色々と自殺の細工を施しながら、レオナルドは愚痴をこぼす。


「気に入ってたんだが、もう此処は使えないな。(ワシントン)DCでカメラのない場所は貴重だったんだが、仕方ない」


 だが、その不機嫌も特別報酬と休暇を得ていたことを思い出し、気分が晴れる。


「あとは、マーティンがトニーとピーターをやって終わりだ。さて、コスタリカに戻るか」



 FBI本部に戻ったピーター・ハートとジェシカ・フーヴァーは、早速、ピーターの席へと向かいパソコンを起動させ、トニー・レイモンドの検索に取り掛かったのだが、ニューオーリンズ作戦の三日後から、その消息は途絶えていた。

 しかし、それよりも気になったのは、自分たちの他にトニー・レイモンドを調べている人間が居たことだった。

 モニタを指差し、疑問混じりに「アチラ側の人間?」と言ったジェシカの発言に、ピーターはゆっくり首を振り、


「いや、それはないだろう。恐らく、消息が途絶えたこの時点でヤツラに拘束されたと考えていい。そうなると、その後に所在を調べる必要はないだろ?」


「逃げたとか?」


「それでもだ。履歴が残るんだ、自分がスパイですと言ってるようなモンだからな」


 仮に、身代金目的の誘拐であったとしても、捜索チームが編成され、自分たちの耳にも入る筈で、最早、残された答えは――、


「じゃ、別の組織ってこと?」


「その線が濃厚だが……」


 ピーターの頭の中には、一人だけ心当たりがあるのだが、それでも、その答えに自信が持てなかった。


 あの男が、こんな初歩的なミスをするのだろうか?

 あの男なら、履歴を消すことなんて造作もないんじゃないのか?

 俺に何かを気づかせるため、わざと履歴を残したのか?


 次にピーターは、そのログイン者が他に何を調べていたかの足跡を追う。


 やはり、ネイサンを調べてるな。

 その後、事故現場を調べるが監視カメラがないから、諦めログアウトした?


 悩むピーターを余所よそに、見てるだけに我慢できなくなったジェシカは、隣の席のパソコンを起動させ、自分でも調べ始める。

 すると、5分もしない内に、


「ヒットした! プリンス・ウィリアム・フォレスト・パークの中よ!」


「ヒットしただと?」


 ジェシカは、少し得意気に「トニーの携帯番号から、GPSで現在位置を調べたのよ」と言い、すぐに現場へ向かおうと立ち上がるのだが、ピーターは首を傾げ、席から離れようとしない。


「どうしたの? 行かないの?」


「これは罠だ」


「罠?」


「監視システムは気にする癖に、GPSを気にしない道理がない」


 お前の狙いは何だ、レオナルド!



 クワンティコ海兵隊基地に隣接するプリンス・ウィリアム・フォレスト・パークは、16000エーカー(6500ヘクタール)を超える広大なエリアで、自然保護地域に指定され、都市開発されることなく、現在もその姿を残している。

 ハイキングやキャンプ、野生生物の観察など、さまざまな楽しみ方が出来るこの深い森の中で、紬と耕太は、フルフェイスのヘルメット、防弾チョッキ、防刃ズボンを身に纏い、護身用に自作したテーザー銃(ワイヤー式スタンガン)を腰のホルスターに挿した重装備で、GPSが示す地点を目指し、ゆっくりと歩みを進めていた。

 目的地まで、あと3kmとなった所で、紬は耕太に支持を出す。


「こっから、昨日決めたハンドサインを使うぞ。もう喋るなよ!」


「まだ、3kmもあるよ?」


「もう3kmだよ。それから、こっからはドローンで先に偵察してから100m毎に進む」


「随分、慎重だね」


「相手は何人居るかわかんねーし、軍人なんだ。覚悟はしてても、死にたくはねーだろ?」


「そ、そうですね……」


 耕太は言われるがままに、ポケットから超小型のドローンを取り出すと、携帯電話を操作しそれを飛ばす。

 それを繰り返すこと28回、特に何事もないまま、トニー・レイモンドが潜伏していると思しき、小屋を発見する。

 二人は、ゆっくりと足音を消しながら小屋へと近づき、ダイヤモンドカッターで窓ガラスを円形に切り取ると、まずはドローンで偵察を開始する。

 部屋の中は、テーブルに銃が一挺、暖炉の横にはマシンガンが二挺、そして、ベッドで眠るトニー・レイモンドの姿があった。

 他に誰も居ないことを確認すると、紬は手を前に振り合図する。


 行くぞ!


 耕太が窓の鍵を開け、音を立てないようにゆっくりと進入し、トニーへと近づく。

 紬がテーザー銃を構え、耕太が勢いよく布団を剥がす。

 それでも、未だ目覚めないトニーへ、紬は容赦なくテーザー銃を発射し、失神したところで耕太が手錠を取り出し、素早く後ろ手に拘束する。

 何度も人形相手に、幾つかのシミュレーションを繰り返した甲斐もあって、見事に無傷で作戦が成功する。


「よーし!」


 二人はハイタッチし成功を喜ぶと、早速、ヘルメットを外し、尋問しようとしたのだが、突然、後方から声を掛けられる。


「話が違うじゃねーか」


 慌てて二人が振り返れば、そこには一人の男が銃口をこちらに向け立っていた。

 耕太は、無我夢中で紬を守るように横へ飛びながら、テーザー銃を抜き放ったのだが男には当たらず、逆に胸を撃たれる。

 防弾チョッキを着ているとはいえ、男の持つ銃の口径が大きかったこともあり、撃たれた箇所が痛み、耕太は床をのた打ち回る。


「ん? 防弾チョッキ着てんのか? お前ら、ナニモンだ?」


 そう言って、男は紬に銃口を向ける。


「やめろーッ! 彼女は関係ない!」


「聞く相手は一人で十分だ、野郎には死んでもらおうか?」


 その言葉に紬は観念し、両手を挙げる。


「解った。話すから、殺さないでくれ」


「体は正直だな」


 両手が震える紬を見て、男は笑う。

 だが、これは恐怖からのモノではなく、ハンドサインだった。

 苦しんでいる振りをしていた耕太が、ドローンを操作し、男の右側頭部にぶつける。

 虫でも飛んできたのかと、男が慌てて銃を持つ右手で払ったところへ、紬が走り込んで刈るように下半身へタックルで倒し、耕太が外したテーザー銃の電極を両手で掴み、相手の胸に刺そうとするのだが、男の拳が先に紬のコメカミを捕らえ、吹き飛ばされる。


「このアマーッ!」


 怒りの赴くままに銃口を紬へ向けるのだが、今度は耕太が寝ている男に覆い被さり、ダイヤモンドカッターを脇腹へ突き刺す。

 男は、痛みと怒りと混在するような叫び声を上げながらも、耕太の髪を鷲掴みし引き寄せ、その額に銃を突き付ける。


「ぶっ殺す!」


 死んでも、彼女だけは守らないと!


 耕太は、勇気を振り絞り、人差し指を銃口に突っ込んだ。

 だが、男は躊躇ためらうことなく引き金を引き、耕太の人差し指が消し飛ぶ。


「素人がーッ! 指程度で暴発するかよ! 死ね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る