第253話「葦を啣む雁」

 トニー・レイモンドに接触しようと、クアンティコ海兵隊基地へ向かうピーター・ハートとジェシカ・フーヴァーだったのだが、一人の男の姿が目に映り、ピーターはジェシカの腕を掴み、歩みを止める。

 まるで自分たちを待っていたかのように、吸いかけの煙草を踏み消すと、付けていた色つきのサングラスを少しずらし、裸眼で此方を見ている。

 男の顔に見覚えのあったピーターは、その名ではなく、男が所属する組織名で呼んだ。


「CIA(中央情報局)が、何の用だ?」


「トニー・レイモンドから、手を引いてもらおうか」


 その男の登場は、ピーターにとって想定外であったものの、意外という程ではなかった。

 だが、接触してきたことに疑問を感じたピーターは、敵なのか、味方なのか、それとも第三者なのかを探るため、脳をフル回転させながら会話を続ける。


「どうして、俺たちがトニーに接触しようとしていることを知っている? 何をコソコソと嗅ぎ回ってるんだ?」


「人聞きが悪いな、順番が逆だ。貴様らを監視していた訳じゃない。トニー・レイモンドの件は、先にNSA(国家安全保障局)が動いている。つまり、貴様らFBIに、下手に掻き乱されちゃ困るんだよ」


 NSA?

 ということは、調べてる内容は同じと考えていいな。

 だが、なぜ接触してきた?


 ピーターが冷静に推理を進める中、横に立つジェシカは『下手』と言われたことに腹を立てた様子で、男へ噛み付くように詰問する。


「NSAが、トニーに何の用があるの?」


 あからさまに敵意を剥き出しにするジェシカを男は鼻で笑いながら、それに答えるのではなく、退しりぞくことを提言する。


「フーヴァー、君は元の部署(科学技術部)へ戻れ」


「ハァ? 貴方、何様のつもり? 私の行動を決められるのは、私だけよ!」


「全く、これだから、お嬢様って人種は……」


「なんですって!」

 

 男の胸倉を掴もうとするジェシカを、ピーターが制止する。


「よさないか、ジェシカ!」


 ピーターは、間に割って入りつつ、ジェシカをフォローする。


「だがな、レオナルド。彼女の言い分ももっともだ。着手している捜査をはいそうですかと引き下がる訳には行かない」


「引く理由があればいいのか?」


「まぁ、そうだな」


「貴様のことだ、ある程度の予測はついてるんだろ? それでも、聞く必要があるのか?」


「あぁ。お前さんが後になって低レベルな言い訳をするとは思えんが、保険は掛けておきたい。まずは、態々わざわざ出向いてまで、止めに来た理由から説明してもらおうか?」


 ピーターが捜査してきた事件で国家機密が絡むモノは悉く、この男、レオナルド・ベントに手を回され、捜査の打ち切りを余儀なくされていた。


 貴様なら気づいてくれると思ったよ、ピーター。

 だが、これも俺の描いた絵だ。

 道化として、キャンバスの中で踊ってもらうぞ。


「テロリストが、貴様の上にも居るからだ」


「やはりそうか。俺たちに捜査をさせたくないのは、俺たちから情報が上に行くことを恐れてか?」


「まぁ、そういうことだ。隠蔽する隙を与える訳にはいかんのでな」


「それなら、そう言いなさいよ!」


「意味としては、変わらん。事実、下手を打ったから、俺が此処に居る」


 気にし過ぎだと言いたい所だが、ピーターにも指摘されたこともあって、言い返すことができないジェシカは、睨み続けることしかできなかった。


「それほど気にすることでもないだろ? それによって行動を起こしているのなら、返って好都合じゃないか、違うか?」


「トニーの命が懸かっているのにか?」


「人命より国益のお前さんから、そんな台詞が聞けるとはな」


「国益の為の大切な証人だ」


「ということは、トニーはテロリスト側なんだな?」


「そうだ」


「ハイジャックの全貌を掴んでいるのか?」


「もちろんだ」


「首謀者は?」


「ウィリアム・ウェブスターだ」


「こ、国務長官が!?」


 余りの大物に、ジェシカは思わず声をあげたが、ピーターは顔色一つ変えなかった。


「貴様は驚かんのだな」


「そのくらいの人間でなければ、色々説明がつかんからな。寧ろ、大統領でなくてホッとしてるくらいさ」


「そうか。解ってると思うが、今聞いたことは他言しないでくれ」


「もちろんだ。じゃ、トニーはお前さんに任せることにするよ」


「ちょっと待ってよ! 此処まで来て、引くって言うの!」


「あぁ、そうだ。CIAの方が、俺たちより捜査が進んでいるのは明らかだ。俺はヨハンを追う。君も戻れ」


 納得しない様子のジェシカに、ピーターは駄目押しする。


「今、君は俺の部下だ。これは命令だ」


「解ったわよ……」


「それじゃ、レオナルド、邪魔したな」


 そう言って、立ち去ろうとしたピーターであったが、何かを思い出したように振り返り、


「そうだ、あと一つだけ、いいか?」


「なんだ?」


「いつから、トニー・レイモンドに目を付けてたんだ?」


 予想してない質問に、一瞬、戸惑ったが、それらしい答えを見つける。


「……ローガンだ。ローガン・スミスからの依頼だ」


「そうか。お前さんも、あいつに宿題を押し付けられてたのか。ホント、迷惑な奴だ」


「全くだ」


「じゃ、テロリスト共を一人残らず、捕まえてくれよ」


 そう言って、ピーターたちはその場から立ち去った。


 しばらくして、まだ納得いかなかったジェシカは、前を歩くピーターの右腕を引っ張り、振り向かせる。


「見損なったわ!」


「そいつは有難い、これでもう君に絡まれなくて済むな」


「ふざけないで! どうして、手を引いたのよ! もし、あいつが組織側の人間だったら、どうするのよ!」


「当たりだ」


「ハァ?」


「おそらく、あいつはアチラ側の人間だ」


「え? だ、だったら、何で引くのよ!」


「既に、手遅れだからさ」


「手遅れ?」


「犯人を用意している。つまりは、捕まえる証拠も、自殺する理由もな」


「だからって、諦めるの? 接触して来たってことは、まだトニーが生きている可能性が高いってことでしょ?」


「諦める訳ないだろ。今、このまま基地へ入って調べたところで、奴の手の中だ」


「じゃ、どうするのよ!」


「とりあえずは、本部へ戻ってインベイドの監視システムを使い、トニーを探す」


「でも、それだとログイン履歴が……」


「どの道だ。今のやり取りだけで、俺たちの監視を止めるような奴じゃない。捜査を続ける以上、何処かでバレる。トニーさえ無事なら、その後でバレようが、どうでもいい。今は少しでも、奴とのタイムラグを稼ぐ必要があるんだ」



 レオナルド・ベントは、踏み消した煙草を拾い上げると、ポケットから取り出した携帯灰皿へと入れる。

 この行為は、環境に配慮したモノではなく、自分へと繋がる痕跡を残したくないというある種の職業病のようなモノだった。


 下手な芝居だったな、ピーター。

 どうせ、貴様のことだ、諦めないんだろ?

 だが、それでいい。

 感謝してくれよ。

 俺が此処へ来たのは、貴様らの邪魔をする為じゃない。

 寧ろ、ショートカットさせてやるんだからな。


 レオナルドは、北叟笑ほくそえみながら、未だピーターが気づかない先へと歩み出した。



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