第252話「容疑者X」

「クソガァァァーーーッ!!」


 突然、異様な叫び声を耳にしたカフェの店員は、急いでその声のするテラス席へと近づいたのだが、それに応えたのは、叫んだと思われる女性ではなく、彼女の対面に座る慌てた様子の男性だった。


「な、な、な、な、なんでもないです。お、お、お騒がせして、す、す、すみません」


 必要以上に申し訳なく感じた筒井耕太つついこうたは、そのついでにツナサンドとフレンチフライ、そして、コーヒーのお代わりを注文する。

 耕太は、冷や汗を袖で拭いながら、南城紬なんじょうつむぎにボヤいた。


「もう! 自分で注意しといて、そりゃないよ!」


「あぁ、わりいー、わりいー」


 とても反省しているとは思えない態度ではあるが、そんなことで揉めている暇などないので、話を前に進める。


「どうする? 思い切ってさぁ、電話してみる?」


「それが使えんのは、1回こっきりだ。目の前に居なきゃ、意味がねーよ。だが、電話を掛けるという手段は悪くない。やるとしたら、確実におびき寄せる策を思いついてからだ」


 時間と場所を指定して、来たところで……場所?


「あーッ!」


「静かにーッ!」


「あぁ、スマンスマン。GPSがあったの思い出したんだよ」


「あ、ホントだ。すっかり忘れ……でも、外してないかな?」


「調べる前から、諦めてんじゃねー!」


 2030年、いつの時代も犯罪者が携帯電話を用いている率が高いことから、それを重く見た各国首脳は、国際連合の条約に『携帯電話のGPS実装義務化と、行動履歴の常時保存』が加えられた。

 人権に反するのではないとの報道もあったが、政府および警察機関のみ扱える情報にすること、また、これによって得られる被害や不正の防止が多大であること、さらに伏せられた情報ではあるが、各国の要人たちには別の通信回線があったことが決め手の要因となっている。

 これにより、違法携帯電話の製造および販売、改造が禁止されているのである。


 テロリストが法を守るとは思えないが、一縷いちるの望みに賭けてみたのだ。

 半ば諦めながら、容疑者Xの所在地を探っていたのだが、突然、地図にマーキングが現れる。


「で、で、で、出た、出た、出たーッ!」


「何処だ?」


「プリンス・ウィリアム・フォレスト・パークの中だ!」



 トニー・レイモンドは、深い森の小屋の中で息を殺すように身を潜めていた。


 ――なぜだ、なぜこんなことになった?


 ローガン・スミスが計画したニューオーリンズ作戦に参加した際、秘密裏にハイジャックが起こった日に太平洋へ出ていた部隊を探すよう依頼されていたのだが、航海記録に刻まれていたのは、自分の隊名だけだった。


「どういうことだ……」


 不審に思ったトニーは、副隊長のデニスを呼び出し、その日に何をしていたのか尋ねたのだが、


「大丈夫ですか、隊長? その日は太平洋へ訓練に出たじゃないですか」


 自分の記憶のないことを当然のように語られ、慌ててその場を取り繕う。


「あ! そうでしたね、俺も歳かな? 最近、忘れっぽくていけませんね」


「働きすぎですよ、休んだ方がいいんじゃないですか?」


「そうですね、考えておきます」


 不味い、今のでデニスがあちら側なのは間違いない。

 どうする?


 しかし、悩む暇もなく、帰宅途中、デニスに襲われる。

 背後から右太腿をナイフで刺した後、地面に転がし、馬乗りになって、今度はその首を狙う。

 トニーは痛みを堪えながら、ナイフを握る右腕を抑え、その理由を問うた。


「なぜだ? デニス副長!」


「アンタが邪魔なんだよ!」


「邪魔?」


「そうさ、昔からアンタが邪魔だった! 運良く参加した作戦で成功した所為で、年下の癖に俺を抜かしやがって!」


「そんなことで?」


「そんなこと? お前は、いつもいつも俺が年上だからって敬語で喋りやがって、腹ん中では笑ってんだろ!」


「誤解だ!」


「それにな、邪魔だと思ってるのは、俺だけじゃないってことなんだよ! 俺はお前を殺したとしても、罪に問われない!」


「どういう意味だ?」


 その時、一発の銃声が鳴り響き、デニスの左側頭部に直撃する。


「大丈夫ですか?」


「は、はい、貴方は?」


 男は、ズボンのポケットから身分証出すと開いて、トニーへ向ける。


「FBI捜査官のマーティン・アンドルーズです」


「FBI?」


「実は、同じFBI捜査官のローガン・スミスから、極秘で貴方を警護するよう言われてたんです」


「そうでしたか、ウッ……」


「まずは、足の手当てをと言いたいところなんですが、今は急を要します」


「なにかあったんですか?」


「ローガンが暗殺されました」


「えッ……」


「このままでは、陰謀に気づいた貴方も危ない! 一時的に身を隠せる場所を確保しましたので、そちらへ案内してから治療しましょう」


 痛みと出血で気を失いそうになりながら、車で揺られること15分。

 森の中にある小屋へと辿り着くや否や、マーティンは部屋にあったタオルで、トニーに舌を噛まないようにくわえさせ、刺された傷口にアルコールを吹き掛け、コンロであぶったナイフでそれを焼いた。

 地獄のような痛みに堪えながらも、トニーはいつの間にか気を失って眠ってしまう。


 気が付くとベッドで寝かされていて、既にマーティンの姿はなく、テーブルには手紙と携帯電話が置かれてあった。


 此処には、一ヶ月分の食料が備えてあります。

 危険ですので、貴方の携帯電話は預かっておきます。

 代わりに、連絡用の携帯電話を置いていきますが、受けるだけにしてください。

 解決すれば、すぐに迎えにきます。

 また、20日後に、食料と状況説明をしに来るつもりですが、

 もし、私が戻って来なかった場合、この小屋を出る覚悟と、ご自身で身を守ってください。

 その為の武器も、その小屋には用意してありますので、ご自由にお使いください。

 私以外、もしくは私の名前を出さない限りは、疑うようにしてください。

 マーティン・アンドルーズ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る