第251話「深淵を見た者」
トニー・レイモンド、海軍大学校を主席で卒業後、海軍犯罪捜査局(NCIS)に少佐として所属、アフガンでの人命救助作戦を誰一人欠けることなく成功へと導くなど、名実ともに将来を有望されたエリートで、現在は駆逐艦の一隻を任されるまでになっていた。
サンフランシスコからワシントンにあるダレス国際空港へ向かう飛行機の中、周りに乗客が居なかったこともあり、ジェシカは改めてピーターに後回しにされた疑問をぶつける。
「どうして、トニーの身が危ないの?」
「君が連絡を入れたことで、トニーが疑われるかもしれないからだ」
「疑われる? 誰から?」
「君が唱えている陰謀組織からだよ」
「え? どういうこと? ちゃんと説明しなさいよ」
「その前に、俺の見解を話してなかったな」
アメリカンレストランでピーターは、ビールを3杯飲んだ所為もあって、ローガンへの愚痴や、副長官の悪口ばかりで、自分の見解はおろか、今後の捜査方針すら話さなかったのである。
「前提条件として、俺は誰より、ローガンという男の優秀さを知っている。今からする推理は、ローガンありきでの憶測で、証拠は何も無い」
ジェシカは無言で頷き、ピーターはゆっくり語り始める。
「まず、結論から言うと、俺も君と同様に陰謀だと考えている。だが、それは叛乱分子による革命ではなく、政府中枢による陰謀だと考えている」
「馬鹿言わないでよ! もし、そうなら貴方やローガンは選ばれてないわ!」
「それは組織にとって、俺たちこそが叛乱分子だからだ」
「ハァ? なに言ってんの! 貴方、頭おかしいじゃないの?」
怒りに任せ声を上げてしまい、何事かとCAが近づいて来たのだが、ジェシカは慌てて「何も無い」とそれを退けた。
「どうして、私が叛乱分子になるのよ!」
「向こうから見た場合での話だ。言葉として引っ掛かるなら、邪魔者とでも言い換えようか? 勝てば官軍って奴さ。俺たちが負ければ賊軍、もしくは、不慮の事故で死体になるかだ」
ジェシカは『不慮の事故』という言葉で、一人の捜査官を思い出す。
「ネイサン・トレイナーのように?」
「いや、おそらくネイサンは組織側の人間で、致命的なミスをしたんじゃないかな?」
「え?」
「ブラックレインを調べたのがネイサンでな、その捜査が2日で終わってるんだよ」
「2日? あの大企業を調べるのに、たったの2日?」
「あぁ、怪しいだろ? おそらく、ローガンのヤツも疑ってただろうが、その前にパートナーを降ろされ、始末されたと考えるのが自然だ。話が脱線したな、元に戻そう。っと、その前に」
ピーターは、手を挙げCAを呼ぶと、コークを2杯注文する。
しばらくもしない内に、両手にコークを持ったCAが戻って来て、ピーターにそれを渡すと、ピーターは2杯とも自分のテーブルに置き、片方を飲み始めた。
全く、この男は!
「ゴメンなさい、私にもコークを1杯」
「君も飲むのか? だったら、一緒に頼めば良かったのに」
「貴方が一緒に頼んでくれたと思ったのよ!」
「悪かったな、気が利かなくて」
誠意の篭らない謝罪に顔を引きつらせながら、遅れて届いたコークを受け取ると、ジェシカは不機嫌な表情のまま、ピーターに話を進めさせる。
「で? どうして、アメリカ(政府中枢)が相手だと思う訳?」
「現在この事件は、タクシー爆破とブラックレインでの殺人に問題が摩り替わっているが、
「それが、アメリカだって言うの?」
「インベイドが運営するENやそれに付随するシステムは、世界を席巻している。これを無くすことは、アメリカだけでなく、世界にとって大きな痛手となり、世界恐慌に陥る可能性すら秘めている」
「だから、そんなことする訳……」
「システムをそのままに、ENがドルに打って変わったら、どうだ?」
「アメリカが世界を支配……いや、そんなこと、他の国が許す訳ないわ!」
「不慮事故でインベイドが無くなり、急遽、立て直す必要が出来たら?」
「立て直すって言っても、もし、あのテロが成功してたら、インベイドの人間は殆どテロの犠牲になるのよ」
「それを出来る男が、二人居る」
「二人? 誰?」
「日本在住のインベイド副社長・虎塚帯牙と、ゴーゴルのローレンス・ミハイロフだ」
「ちょっと待って! 虎塚帯牙は身内が死んでるのよ。それにゴーゴルだって、インベイドに隣接してるじゃない! そんな危険を犯す訳が……」
「書き換えられた地図の進入経路では、ゴーゴルには当たらない」
「えッ……ローレンスが首謀者なの?」
「いいや、違う。アメリカって、言ったろ? 仮にローレンスが組織の一員だとしても、ハイジャック計画を黙認しただけで、黒幕は別だ。おそらく、現大統領か、次の大統領候補だ」
「……」
「どうした? 抜けたくなったか?」
「馬鹿言わないでよ! 私がそんなアメリカにしたいと思う?」
「そう言うと思ったよ。とはいえ、これもまた証拠の無い憶測に過ぎないがな」
ピーターは、1杯目のコークを飲み干すと、さらに話を続ける。
「さて、トニーの話に戻るが、ハイジャックでジェット機から飛び降りたテロリストを逃がしたのは、NCISかもしれないんだ……いや、十中八九、そうだろうな」
「NCISまで、テロに加担したって言うの?」
「相手がアメリカなら、考えられるだろ? とはいえ、流石に全員ではないだろうが、それでも、船を動かせるだけの人数は、NCISの中に居たってことだ」
「でも、どうしてトニーに協力してもらっただけで、そんな推理に?」
「君がヨハン追跡の陣頭指揮を執っていたとして、メキシコ湾を警備するのにNCISへ依頼するか? まず、浮かぶのは、USCG(沿岸警備隊)じゃないか?」
「そうだけど、ヨハンは元傭兵なのよ。確実に捕まえるなら、考えられない選択肢じゃないわ」
「反射的に答えずに、よく考えろ。その時点でのヨハンは、重要参考人であって、指名手配犯じゃない。しかもだ、ローガンはヨハンが北上すると予測していたんだ。来ない海に、どうして、軍人が必要になる?」
「そうか! ハイジャックが起こった時間に、基地に居なかった人間を調べてもらう為に、トニーと接触したのね」
「そうだ。だが、それはトニーが組織側の人間でなかった場合の話だ」
「まさか! いくらなんでも、彼ほどのエリートが……」
「国益の為だぞ? それに、ローガンも疑っていた
「ローガンも?」
「トニーを船の上じゃなく、本部でヨハンの情報を与え続けたことだ」
「でも、トニーがそっち側の人間なら、殺されるなんて、こと……」
「気づいたか?」
「ネイサンのようにってことね」
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