第250話「NCSI」

 南城紬なんじょうつむぎ筒井耕太つついこうたの二人が、FBI本部の清掃員として潜入するようになって、四日。

 予想以上に、潜入捜査は上手く進み、二日目で捜査官の顔をGETすると、三日目にはその顔を成り済まし眼鏡にセットしてインベイド社の監視システムを使い、事件当日のブラックレイン周辺の監視映像からローガンたちの後に入った捜査官が誰なのかまで突き止めていた。

 実は、帯牙やラルフ、そして、刀真の顔認証を使えば、労せずとも簡単に突き止められたのだが、ログイン履歴が残る(ラルフにバレる)ことから、危険は承知で発覚する可能性の低いFBI本部の方を選んでいるのである。

 そして、四日目となる今日、まだ何があるか判らないからと清掃員としての契約は延長していたので、真面目に清掃を行った後、いつものようにオープンカフェのテラス席へと向かい、ようやく手に入れた調査対象者ネイサン・トレイナーの個人情報を得るため、耕太がノートパソコンを開き、FBI本部のWi-Fiを通じて捜査官情報へと侵入したのだが――、


「う、嘘だろ……」


「どうした?」


「ネイサン・トレイナーってヤツ、死んでるんだよ!」


 ショックのあまり、耕太はテラス席だということを忘れ、声のボリュームを間違えてしまう。


「声がデカい! 抑えろ、馬鹿!」


「あ、ごめん……」


「死因は?」


「腐食した看板が落下して、それに当たったらしい」


「消されたくせーなー……」


「どうする? 一応、このネイサンって人の家を調べてみる?」


「無駄だな、おそらくは回収されてる……仕方ない、こいつを殺した奴を調べよう。死亡推定時刻よりも前に、そのビルへ入った奴を調べてくれ」


「解った」


 耕太は、インベイド社の監視システムにその事故現場の住所を入力し、監視映像の有無を問い合わせる。


「内部の監視カメラは無いね、どうやら、廃ビルみたいだ。じゃ、この周辺はっと……えッ!?」


「どうした?」


「無いんだよ」


「無い?」


「この現場の周辺に、監視カメラが一台も無いんだ」


「なんだと!?」


「一番近くても、200m先だね。だけど、もし、この監視位置を犯人が把握していたのだとしたら、カメラの無いルートを通って、ここへ辿り着ける」


「となると、殺されたのは、ほぼ確定だな」


「もう、こうなったら、本部のマスター映像を探すしか……」


「いや、まだだ! そこで殺すには、なんらかの方法で呼び出した筈だ!」


 すぐさま、ネイサンが契約している通信会社にハッキングし、通話記録やメールをチェックする。


「あ、これ、そうじゃないかな? 死亡推定時間の2時間前に電話がある」


「よし、そいつがナニモンか調べろ!」


 3分後。


「駄目だ! プリペイド式の携帯を使ってて、契約者の特定ができない!」


「クソガァァァーーーッ!!」


 今度は、紬の方が声を荒げてしまうのだった。



 一方、サンフランシスコに居るFBI捜査官のピーター・ハートとジェシカ・フーヴァーは、ハイジャックの被害者たちの再事情徴収を終えたところだった。

 事情徴収とはいえ、対面ではなく電話による確認で、証言内容に間違いはないかと、他に思い出したことはないかであったため、一人に対する時間は短かったものの、ヨハンとフレデリカを除く搭乗者122名を捌くのには、4日も掛かった。

 また、ヨハンが指名手配された事件を疑う者も多く、中には「ちゃんと逃げた犯人を追っていれば、こんなことにはならなかった」と責められたり、根拠の無い陰謀論を口にする者が居たのも、時間を要した一因である。


 ようやく、最後の一人が終わり、ピーターは目一杯背伸びした後、崩れるように机に突っ伏した。


「おつかれ」


 ジェシカは、ピーターに缶コーヒーをそっと差し出す。

 ピーターは、礼を言って受け取るのだが、


「どうせなら、コークが良かった」


「悪かったわね、気が利かなくて!」


 不機嫌なまま、ジェシカは話を進める。


「で、どうだったの?」


「流石に、証言者の多い捜査資料に改竄かいざんは無かったよ」


「新しい、証言は?」


 コーヒーを口へ運び、無言で首を振る。


「文句言ったくせに、飲むのね」


「せっかくだからね」


 そう思うなら、本音を口に出さないでよ。


「亡くなった人は?」


「122名、全員無事だった」


「不謹慎だけど、誰か殺されていたなら、糸口になったかもしれないのにね」


「不謹慎だな」


 全く、この男は!


「不謹慎だけどって、言いましたよね?」


「で、そっちの収穫は?」


 ジェシカは、フェニックスとニューオリンズで捜査協力をしてくれた市警に聞き込みをしていた。


「警官の話から得るものは無かったわ。ただね、ニューオーリンズの作戦で、ローガンがトニーを使ったらしい」


「トニー? トニーって、まさか!?」


「えぇ、NCSI(海軍犯罪捜査局)のトニー・レイモンド少佐よ。情報の統括をさせていたみたい」


「それだけ?」


「えぇ」


 すると、ピーターは顎に手をやり、深く考え始めた。


 情報の統括なら、ハンナにさせればいい。

 ローガンは、別で何かを依頼した筈だ。

 可能性があるとすれば、なんだ? 


「どうしたの? なにがそんなに気になるの? メキシコを逃げる可能性を考えたら、それもありえるんじゃないの?」


「ちょっと、黙ってくれ!」


 海軍の少佐に、何の用が……、

 海軍、海……、

 そうか!

 ハイジャック犯の逃亡を手伝ったのは、NCSIか!


「トニーへ連絡は入れたか?」


「もちろん。でも、不在だったわ」


「不味い! 消される前に、奴と会う必要がある」


「消される? トニーの身が危険なの?」


「その話は、後だ! クワンティコに向かうぞ!」

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