第249話「レオナルドの描いた絵」

 レオナルド・ベントは、サンフランシスコへ向かう機内の中で、現状の洗い出しを行っていた。


 ハイジャックは失敗に終わり、ヨハンが生き残ったことで、サミュエルからブラックレインへの繋がりに気づかれ、さらには、ヨハンの証言からサミュエルが政府と聞かれて頷いたことや、オートパイロットで着陸しなかったことに疑問を感じたローガンが、先にジェット機の地図データを押さえていたことで、Extinvadに罪を着せることも難しくなった。


 ブラックレインへの捜査を行ったのは、ネイサンか……まぁ、そうなるな。

 2日!? たった2日だと!!

 おいおい、税務調査でももっと掛けるぞ!

 無能か、仲間かの二択じゃねーか!

 此処まで揃えば、ローガンなら特定に至らずとも、ある程度の目星を付けている筈だ。


 まずいな、一時的でもローガンの目を逸らす必要が出て来た。

 そうなると、ハイジャックに繋がりそうな事件を起こすしかない。

 ヨハンには、ピエロになってもらおうか。


 こうして、サンノゼ国際空港で起こったタクシー爆破事件で、ヨハンは重要参考人となり、ハイジャック事件の延長線上として、ローガンはヨハンを追うこととなる。


 レオナルドは、組織のFBI幹部にネイサンをローガンのパートナーから外させ、NSA(アメリカ国家安全保障局)所属のハンナ・コレットをFBIへ配属した後、新しいパートーナーとして据えさせた。


「いいか、ハンナ。ローガンの捜査メモを全て、何処に保管しているか調べておけ」


 ハンナが所属していたNSAとは、核攻撃を許可するボタン、いわゆる『核のフットボール』の作成と維持であったり、ホットライン(非常用通信回線)の維持が最重要任務なのだが、他にも通信情報の収集や監視、暗号の開発や解読、盗聴などがあり、通信系等に長けた部署で、つまり、ハンナはローガンの監視役として配属されたのだった。


「調べるだけで、いいんですか?」


「構わん。ヤツに気づかれないよう、慎重にやれ」


「はい」


「そして、お前の最終任務は、ヨハンとローガンが揃った所で、二人とも殺すことだ」


「えッ!? ローガンもですか?」


「あいつは、大儀のための必要悪ですら認めない。それは我が国にとって、悪性の腫瘍になり兼ねない存在だ」


「は、はい……」


「ハンナ、これは国の為だ。場合によっては、その現場を見ていた一般人も殺す覚悟をしておけ」


「解りました」


 しかし、共にヨハンを追いかける内に、ハンナはローガンを殺したくないと思ってしまう。


「ドイツ大使館に行くと見せかけて、カナダ、アラスカを抜け、ロシアではないでしょうか!」


 私は、貴方を殺したくない!

 お願い! この一回だけでいいから、私の考えに乗って!


「彼の目標は、ノースカロライナです」


「ノースカロライナ!? まさか、ブラックレインですか?」


「えぇ」


「でも、あそこは……」


「そう、先日調べたばかりで、それをヨハンも知っています」


「だったら、何故?」


「ブラックレインには……良くない噂がありましてね」


「良くない噂?」


 駄目だった……貴方は、やっぱり優秀だった。


 そして、ついにその時が訪れる。

 ブラックレイン受付の内線から流れてきたヨハンの声を聞き、ローガンはハンナに指示を出した。


「ハンナ! 緊急配備を!」


「はい!」


 しかし、ハンナはそれに従わず、レオナルドに連絡を入れる。


「ブラックレイン内において、間もなく、ローガンとヨハンが接触します」


「好都合だな、全員殺せ」


「はい……」


 ハンナはエレベータで、震える手を必死に押さえ、3階にある社長室へと向かう。

 一方、レオナルドは、ブラックレインの外で待機していたネイサンに連絡を入れる。


「準備は、いいか?」


「あぁ、いつでもOKだ」


「貴様は、ハンナが失敗した時の保険だ。もしも、ローガンが出てきたら、貴様が仕留めろ」


「解ってるよ!」


「ブラックレイン内の監視映像の回収も忘れるな!」


「イチイチうるせーな! 解ってるって言ってるだろーが!」


「誰の尻拭いをしていると思ってるんだ?」


「悪かったよ! あッ!」


「どうした?」


「ヨハンが出てきた! 追って始末する!」


「待て! ローガンは?」


「いや、ローガンもハンナも出て来ねー!」


「ヨハンは追わなくていい。このまま通話を切らずに、ブラックレインへ入って調べろ」


「解った」


 ネイサンは、ヘッドセットを取り出し切り替えると、ブラックレインへ駆け足で入った。

 受付でFBI手帳を見せ、先に入った捜査官が何処に向かったか聞くと、3階の社長室を目指す。

 社長室に入ると、そこには4つの死体と後ろ手に縛られたエリック・フィッシュバーンの姿があった。


「ね、ネイサン! 助けてくれ!」


「待ってろ! 今、助けて……」


 エリックを助けようとしたネイサンをレオナルドが制止する。


「待て、ネイサン! 現状の説明が先だ!」


「ローガンとハンナは、既に死んだ後だ。他にも知らねー死体が二体転がってる。あとは、社長のエリックが縛られて生きてる」


「そうか、エリックは縛ったままで、通話を代われ」


「オメーに、話があるってよ」


 ネイサンは、そう言って自分のヘッドセットを右耳から外すと、エリックの右耳に挿した。


「誰だ?」


「お前が死ぬか生きるかの権利を持つ者だ」


「な……」


「大人しく従えば、生かしてやる。だが、逆らえば、お前もヨハンに殺された被害者の五人目になる」


「し、従う……」


「まずは、全員がどう殺されたのか、教えてもらおうか」


 エリックは、言われるがままに、こと細かく説明する。


「よし、ネイサンに代われ」


 エリックは、見上げてそれをネイサンに伝える。


「代われとよ」


 ネイサンは、エリックからヘッドセットを外すと、再び、自分の右耳へ挿した。


「なんだ?」


「マシンガンを使って、全ての死体を木っ端微塵にした上で、その体内から出たマシンガン以外の弾丸を持ち帰れ」


「マシンガンなんて、持ってねーよ!」


「そこにはあるだろ! それを使え! 無能か、貴様は!」


 ネイサンは、苦虫を噛み潰したような表情で見下げ、


「エリック、マシンガンを貸してくれ」


「その前に、ほどいてくれないか? もういいだろ?」


「ちょっと待て。エリックが縛りを解いて欲しいと言ってる。もう構わないよな?」


 レオナルドの許可をもらったネイサンは、エリックを解放するのだが、


「お前にも、手伝ってもらうぞ」


「何を?」


「マシンガンで、こいつらから弾を抜くんだよ」


 二人は、吐きそうになりながら4つの死体をコナゴナに撃ち抜くと、出てきた弾丸をネイサンが血を拭き取って、ズボンのポケットにしまう。

 そして、ネイサンはエリックに、最後の仕事を告げる。


「あと、監視映像を貰おうか」


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