第247話「潜入」

 2036年の世界中の清掃業務は、インベイド社の無料レンタルロボットが24時間稼動し、ロボットでは行き届かない細かな作業を各地の清掃業者が請け負う形がスタンダードになっていた。

 時代が進むに連れ、その清掃範囲は広がり、現在では建物内だけでなく、街中も行うようになり、また、清掃ロボット内部にはカメラが仕込まれていることもあって、防犯も兼ねたことで急速に広まったのである。

 連邦捜査局本部内の清掃も例外なく、そのロボットが清掃を行っており、人間が行う作業は僅か2時間でありながら、労働賃金としては8時間分を受け取るようになっている。


 連邦捜査局本部での清掃が終わった午前9時、業者の女性社員が清掃員たちに終わりを告げる。


「南城さん、筒井さん、お疲れ様です」


「お疲れ様です」


「お二人とも、明日も来れそうですか?」


「はい、よろしくお願いします」


 南城紬と筒井耕太が本人として登録しているのは、労働賃金が惜しかった訳ではなく、自分たちが罪を犯した場合、成り済ました相手に迷惑が掛かると考えたからだ。


「じゃ、継続にしておきますね」


「ありがとうございます」


 二人は、清掃業者の社員女性が持つタブレットに携帯電話を近づけると、ピッピッと音が鳴り、これによってタイムカードのスタンプと給与の支払いが完了する。


 清掃業者用の更衣室で作業着から私服に着替えた二人は、そのまま真っ直ぐ本部の目の前にあるオープンカフェへと向かい、テラス席を指定し座ると、早速、朝食を注文する。


「アタシは、このサンドイッチのセット、飲み物はホットコーヒーで」


「あ、ボクも同じものを」


 紬は店員が立ち去るのを確認すると、早々に鞄の中に隠したデジタルカメラを操作して、本部を出入りする人間を片っ端から撮り始める。

 顔認証モードで作動するデジタルカメラは、捉えた顔のピントを自動で合わせるため、取り出して構える必要もなく、次から次へと白い枠の中に顔を収めて行き、それに合わせてボタンを押すさまは、まるでシューティングゲームのロックオンのようだった。


「なんで、掃除の時にやらないのさ。そっちのが確実だよ」


「馬鹿か、テメーは! 中でパシャパシャやってたら、怪し過ぎんだろーが!」


「音なら消せるけど……」


「そーいう問題じゃねー! 撮ることを気にしたら行動が怪しくなるし、第一、掃除が不十分になるだろうが」


「はい?」


 もちろん、紬は真面目に掃除がしたい訳ではない。

 この時代のアルバイト求人は、インベイド社が独占していて、紬たちもそれを利用して、今の清掃業務に就いてる。

 インベイド社のインベイダーズ(ユーザー)登録によって、インベイド社がその身分を保障しているため、アルバイト先に履歴書を書いて提出したり、面接をする必要がなく、また、労働契約は基本一日限りとなっているため、雇用主および労働者が共に継続を希望することで、その契約が更新される。

 仮に、どちらか一方、もしくは互いに契約解除を選んだ場合は、その退職理由や解雇理由の明示はしなくてもいいことになっていた。

 簡単に始められ、簡単に辞められ、当日に給与がENで支払われ、色々な職種の体験や、生活スタイルに合わせ易いのが受け入れ、利用者はゲームプレイヤーよりも多い。


「だったら、なんで清掃員になったのさ」


「前にも言ったが、アタシらの目的はヨハンの無実の証拠を手に入れるためで、つまりは、いずれテメーにあの中でハッキングさせるからだよ」


「あぁ~、だから二人じゃないとダメだって言ったのか」


「そ・う・だ。そして、それが一回で済むかどうかは怪しい。だから、清掃業者の心象を悪くしたくないのさ。業者が望むのは、継続して仕事をしてくれる真面目な労働者だからな」


「え? でもさー、外からハッキングできるよ」


「それは、犯罪だろーが」


「はぁ? なに言ってんの? 同じじゃないか」


「同じじゃない。やってることは変わらないが、内部の通信網を使うんだ、跡が残らないから気づかれないだろ? 仮に気づいても、疑われんのは捜査官たちだ。ハッカーがFBI本部に入ってハッキングするなんて、誰にも想像できねーよ」


「あぁ、そういうことね」


「捜査資料へのログインがインベイド製だったら、通常ログインで済むから儲けモンなんだが、それは期待できないだろうな」


「なんで?」


「一つ目のゲートとして使う分には良いが、一応、国家機密だからな。一企業に侵入されるかもしれない可能性は潰しとくだろ?」


「あぁ、なるほど。でもさ、そうなると映像があるかもしれない保管庫へ入るのも、別の生体認証を使ってるかもしれないよね?」


「そうだな。でも、たぶん、あん中に無実の証拠はねーよ」


「えーッ!? ちょっと待ってよ! ボクたちは、それを探しに来たんじゃないの?」


「そうなんだが、もし、あったとしたら、それはFBIが総出でテロに加担していることになる。正直、それは考え難い」


「正義の捜査官が居るからだね!」


「ちげーよ! 人が増えた方がリスクがたけぇーからだよ!」


「そんな身も蓋も無い……」


「まぁ、正義の味方も居るとは思うよ。最終的には、そいつらに期待するしかねーんだから」


「あのさー、そろそろ、計画の全容を教えてもらえませんかね?」


「あ、そうだな」


 やってきたサンドイッチを頬張りながら、紬は計画の全容を語り出した。


「第一目標はヨハンの無実を証明する映像なんだが、これはさっきも言ったように期待できない。おそらく、あったとしても偽物だろうし、本物は別名で保管されてるだろうから、見つけるのは至難の技だ。それと、アンタが言ったように、別の生体認証を使っている可能性もある。それだと、入ることさえ出来ない。そこでだ、第二目標として、その映像を回収したヤツを見つける」


「あ! コピーをそいつから奪うんだね!」


「そうだ。オメーにしては冴えてんじゃねーか」


「でも、どうやって探すの?」


「捜査資料に載ってりゃいいが、テロリストの仲間がそんな証拠を残すとは思えない。そこでだ、FBI用の権限でインベイドの監視システムを使って、事件当日に死んだ捜査官の後にブラックレインへ入った捜査官が誰なのか突き止めるんだ」


「ち、違うミッションとかで、遠出してないことを祈りたいね」


「だな」


 インベイド社が警察など政府機関に提供している個人特定システムは、ユーザーID・顔写真・網膜画像・指紋画像、いずれかのデータを送ることによって、それが誰なのか、いつ何処に居たのかが返って来るのだが、データそのモノを引き出すことは出来ないようになっている。

 また、インベイド社内においても、その管理権限を持つ者は、ラルフ・メイフィールドと虎塚帯牙と虎塚刀真の三名だけとなっており、他の使徒でさえも権限が与えられない聖域だった。



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「あとがき」

 読者の皆様は、覚えていますか?

 130話「未来のお兄さん」において、刀真が『帯牙(ロリコンオヤジ)が写真を見ないように、予め、部員の顔写真データが在れば、消そうと考えたからだ』という文章を。

 長かった、複線ってほどのことじゃないんですけど、このチョイネタが此処まで引っ張ることになるとはw

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