第246話「死人に口無し」

 サンフランシスコの虎塚家にある刀真の研究所では、筒井耕太つついこうたが成り済まし眼鏡の改造に時間を費やしていた。

 眼鏡自体は、刀真の研究所に来てから3日で完成していたものの「今後、何が起こるか分からないから」と南城紬なんじょうつむぎに言われ、複数人の登録とその切り替えが出来るボタンを追加することになったのである。

 しかし、これは紬が無理やり作った理由いいわけで、その真意は、刀真と飛鳥の四十九日法要に参加するための時間稼ぎだった。

 実は、耕太もそれに薄々感付いていたのだが、敢えて口にすることはなく、その日が来るまで黙々と改良し続けた。

 日が経つに連れ「あのヨハンがそう簡単に捕まる筈が無い」と、焦る気持ちも抑えられるようになり、無茶な徹夜作業も無くなっていった。


 刀真と飛鳥の四十九日法要は、サンフランシスコに虎塚家が檀家として入っている宗派がなかったため、形ばかりのものに成りはしたが、ラルフをはじめとする多くの参列者が訪れ、順番に家族と挨拶を交わし、二人の写真に手を合わせ別れを告げていく。

 しかし、その中に居る筈の親族・帯牙たいがと、娘の真凰まおの姿は無かった。


 やっぱ、爺は来ねーか。

 ガキもか……まぁ、無理もねーな。


 両親を失ったショックから一言も発さなくなってしまった真凰まおを心配した祖父の真司は、さらに心を傷つけてしまう恐れがあるとして、真凰の参列を見送ったのである。

 参列した桃李ゲーム部員たちが涙を浮かべる中、唯一人、紬は涙を流さず、飾られた刀真と飛鳥の写真に真剣な眼差しを向け、心の中で二人に贈ったのは、別れの言葉ではなく、これからの決意だった。


 アタシに、どこまで出来るか分かんねーけど、

 やれるだけ、やってみるよ。

 だから、飛鳥、先生と一緒に見守っていてくれ。


 法要が終わり、参列していたゲーム部員たちに別れを告げると、紬は耕太と共にヨハンの無実を求めて、ワシントンへと旅立った。


 日を同じくして、FBI捜査官のピーター・ハートとジェシカ・フーヴァーは、入れ替わるようにサンフランシスコに到着する。


「君は、市警に行って、ローガンの前を調べてくれ」


「前?」


「ヨハンがハイジャック犯を殺害した件だ。捜査資料よりも、関わった刑事の話を聞いてくれ」


「貴方は?」


「インベイド社で話を聞いてくる。何かあったら、連絡を」


 そう言って、携帯の電源を入れるや否やベルが鳴り、画面に映った名前を見て「面倒くせー」と吐き捨てた。


「大変そうね」


 まるで他人事のような台詞を残し、ジェシカはやってきたタクシーに乗り込むとサンフランシスコ市警へと走り出した。

 それを無言で見送りながら、ピーターは携帯を操作しスピーカーにしてから通話ボタンを押すと、案の定、流れてきた怒号に苦笑いする。


「貴様ーッ! そんな所でなにをしているーッ!」


「いやね、一から事件を調べようと思いまして……」


「何を言っとるんだ貴様ーッ! そんなことしてる間に、ヨハンが国外へ逃亡したらどうするんだ! サッサと戻って、ヨハンを探さんかーッ!」


「副長官、そうは仰いますがね。もう、ノースカロライナには居ないと思いますよ」


「だったら、何処に居ると言うんだ!」


「だから、一から見直すんじゃないですか、やだなー」


「ぜ、全責任は、貴様が取れよ! 解ったな!」


 結局、それかよ。

 するって言っただろ、忘れたのかよ。


「了解しました」


 溜め息と共に通話を切ると、次にやってきたタクシーへ乗り込み、シリコンバレーにあるインベイド本社へと向かう。

 すでにアポイントを取っていたピーターは、すんなりとラルフ・メイフィールドが待つ社長室へと通され、軽く自己紹介を済ませた後、雑談を交わすことなく本題へと入った。


「ヨハンが此処で何をしていたのか、お聞かせ願えませんか?」


 インベイド社の監視システムを使用して、ヨハンの足取りを遡り、サンフランシスコ市警を出所後、此処に滞在していたことを突き止めていた。


「それとヨハンを捕まえることと、何か関係が?」


「まぁ……な・に・か、の手掛かりになるかもしれないと思いましてね」


 逃亡先とは言わず、なにかか……、

 断ることもできんし、今は、この男を信じるしかないか。


「いいでしょう。協力すると言った以上、拒否するつもりはありませんからね」


「ご協力、感謝します」


 ラルフは、最上階に在るジオラマへとピーターを案内し、そこでヨハンがハイジャック犯の逃亡先を予測していたことを説明する。

 ラルフはジオラマのタブレットを使い、その操作記録からヨハンの行動を選択し再生する。

 成田を出発した178便は、100倍速というトンでもない速度で飛行し、そのままサンフランシスコへ到着するかと思われたが、突然、海上で停止した。


「なぜ、ヨハンは此処で停止を?」


「おそらく、この近辺でハイジャック犯がパラシュートで降りたのだと思われます」


「パラシュート? でも、何もありませんよ」


 ピーターが疑問に思うのも当然で、そこは一面の海で降り立てるような場所など無かった。

 何も無いというキーワードで、ラルフは或る事を思い出す。


「そういえば、ヨハンから電話が……」


「どういう用件でしたか?」


「その地点の撮影をしているかどうかと……」


「撮影はしているんですか?」


「いいえ、範囲外だと伝えました」


「そうですか……」


「あぁあと、ペンタゴンも同じかと聞かれました」


 ペンタゴン?


「で、その答えは?」


「同じモノだから、データは無いと」


「そうですか……」


「そして、その後すぐ、此処を出て行ったんです」


「すぐに?」


 ということは、ヨハンは何かに気づいたのか?


「えぇ、荷物も持たずにね。ヨハンが泊まっていた部屋はそのままにしてありますから、ご覧になりますか?」


「いや、結構です」


 おそらく、何も残しちゃいない。

 荷物を置いて行ったということは、滞在を続けると思わせたかったからだ。

 一体、誰に?

 この男にか?

 いや、違う。

 その後、ヨハンはこの男に助けを求めている。

 間違いない、テロリスト側の人間が此処に居ると気づいたからこその行動だ。


 その時、ピーターの携帯が鳴る。


「どうした?」


「関係者に話を聞いてみたけど、捜査資料以上の話は聞けなかったわ」


「そうか」


「でもね、当時のローガンのパートナーが誰だか判ったわ」


「誰だ?」

 

「ネイサン・トレイナーよ」


「ネイサンだと!?」


 ピーターがその名を聞いて驚いたのは、先月、不慮な事故により死亡していたからだ。


 あれは事故ではなく、殺人だったのか?


「あと、一応、家族に連絡取ってみたんだけど……」


「火葬か?」


「えぇ」


 全く……、

 いつから、この国は火葬が流行るようになったんだ。

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