第245話「相棒」

「それで、貴方の見解は?」


「資料も見てないと言った筈だが?」


 素知そしらぬ顔でペパロニピザの一切れを口へと運ぶピーター・ハートに、ジェシカ・フーヴァーは蔑むような視線を突き刺しながら、


「そんな嘘を真に受けてると思ってるの? どうせ、貴方は私と話すのが面倒で、早く済ませる為にそう言ったんでしょ、違う?」


 図星であっただけに、ピーターの噛むスピードは極端に落ち、まるで嫌いなモノを口にしているかのように口を動かす。


 それだけじゃないんだがな……、

 だが、諦めの悪いこの女が、此処で引き下がるとも思えない。

 面倒は、今の内に済ませておくか。


 逃げ場がないと判断したピーターは、口の中に詰まったピザを一気にコークで流し込むと、自分の見解を話し始める。


「君が言うように、この事件には謎が多い。中でも、ヨハン・ポドルスキーが何をしにブラックレインへ行ったのか、その理由が不明になっている点だ」


「不明? そんな訳ないでしょ! だったら、なんでローガンが現場に居たのよ!」


 アトランタで見失ったヨハンを500km以上離れたブラックレインで、偶然見つけることはありえない。

 誰がどう考えても、ローガンが予測したからに他ならないのだが、


「君の言う通り、何らかの根拠があったからこそ、あいつは現場へ向かったのは間違いない。間違いないんだが……それに繋がる資料がない」


「消されたってこと?」


「んー、最終ログイン者も、その更新時間も、全てローガンになっていた。まぁ、二週間もあったんだ。それだけあれば、綺麗に出来る」


「そんな言い方をするってことは、改竄かいざんの証拠でも見つけたの?」


「見つけはしたが、証拠にはならない」


「どういうこと?」


 ――もし、私に何かあったら、きっと後任は先輩でしょうから、伝えておきます。


「あいつは、暗号を捜査資料に仕込んでたんだ」


「暗号?」


「暗号と言っても、アルファベットのOと数字の0を全て逆にした単純なモンだ」


「そんな面倒なことを」


「そうでもないさ。おそらく、あいつなら、全部正確に打ってから、全置換した筈だ。これなら手間も掛からないし、漏れることもないだろ?」


「デジタルだからこそ、なせる技ね」


「キー配置が近いこともあって、打ちミスと言われても仕方ないし、終わった捜査は、後で正しく戻してたこともあって、証拠というには不十分なのさ」


「でも、貴方には伝わった」


「全く、面倒な宿題を押し付けやがって……」


 そうぼやいて、ピーターは、再びピザを一切れ口へ運ぶ。


「貴方は、ヨハン・ポドルスキーが何をしにブラックレインへ行ったと考えてるの?」


「想像はつくが、まだ憶測に過ぎない」


「なんなの? もったいぶらないで言いなさいよ」


「もったいぶってる訳じゃない。捜査関係者でない君に、これ以上、ベラベラ話す訳にもいかんだろ?」


「ハァ? まさか、私を疑ってるんじゃないでしょうね!」


「正義感の塊みたいな君を仲間にするほど馬鹿だったら、ローガンも死なずに済んだろうな」


「どういう意味よ」


「まぁ、此処から先が危険だからってのもある」


「ハァ? 死ぬのが怖くて、FBIに……」


 間違った答えを出したジェシカに、ピーターは言葉を遮る。


「君のじゃない。陰謀と言ったのは、君の方だぞ? 興味のあること以外、視野を広げないのは君の悪い癖だ」


 欠点を指摘され、苦虫を噛み潰しながら、ジェシカは深く考え直した。

 親族が人質に取られる可能性は、相手にもリスクが高過ぎるため、余程のことがない限り考え難い。

 だが、ヨハンのようにテロリストの汚名を着せられ、殺される可能性はある。

 それは未だいい、だが、残された家族がそれについて世間から責められることは耐え難い。

 しかし、それでも、心の中にある正義がそれを許すことが出来ず、


「いいわ、私を助手として指名しなさいよ。それなら、構わないでしょ?」


 あぁ、面倒なのに絡まれた!


 するとそこへ、ジェシカのピザが運ばれて来たのをチャンスとばかりに、ピーターは残りのピザを掻き込むように口へ運び、席を立とうとしたのだが、


「あ、これ、もういいわ。御代は払うから、貴方が食べて」と、店員につき返した。


 ハムスターのように口を膨らませたピーターに、ジェシカは「逃げられると思ったの?」と笑い、自分のコークを差し出す。

 口いっぱいのヒマワリの種(ピザ)を噛み切れないハムスター(ピーター)は、不機嫌な表情でそれを受け取ると、今度はゆっくりと味わい始めた。


「で、これからどうするの?」


 慌てた代償(口の周りに付いたソース)をペーパーナプキンで拭いながら、それに答える。


「あいつの足跡を辿る」


「そう。じゃ、科学技術部へ通達してもらえる?」


「その前に!」


 ピーターは、手を挙げ店員を呼ぶと、テーブルに置かれてあるメニューを掴んで、肉厚のあるハンバーグが二段重ねられ、チーズが美味しそうに溶けているハンバーガーの写真を指差し、


「これと、フレンチフライと、あとビールを!」


「まだ、食べるの? それにビールって!」


「いいんだよ、今日はもう本部には戻らんし、サンフランシスコに着く頃には、酒は抜けてる」


「そう。じゃ、私も頂こうかしら」


 サッサと、サンフランシスコに行けばよかった。

 それもこれも、お前の所為だぞ、ローガン!

 お前が、ちゃんと事件を解決しねーから!



 連邦捜査局本部のとある一室、二人の男が静かに話をしている。


「お認めになって、よろしかったのですか?」


「構わん。あれの代わりなら、幾らでも作れる」


「しかし、フーヴァーの名、少し惜しい気もしますが?」


「必要なのは、忠実に動ける駒であって、身勝手なファンタジスタではない」


「では、キャスティングから外す方向で」


「そうだな、任せる」


「では」と、部屋から立ち去ろうとする部下を部屋の主が呼び止める。


「レニー!」


 レニーと呼ばれた男が振り返ると、部屋の主は厭らしく微笑み、


「お前は、間違えるなよ」


 レニーは短い返事と共に深々と頭を下げ、部屋から立ち去った。

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