第244話「呉越同舟」

 ワシントンDCの連邦捜査局本部から通りを二つ挟んだ場所に、FBI捜査官ピーター・ハート行きつけの店が在る。

 その店は、ハンバーガーやフライドポテトなどアメリカ料理が中心で、特にペパロニピザがピーターのお気に入りだった。

 店に入る前は、たまには違うモノでも頼んでみようかと思うのだが、いざ席に座ると食べたくなり、コークと一緒に頼んでしまうのだった。


「全く、罪な食べ物だ」


 違うメニューを頼めなかった言い訳を呟きながら、その一切れを口へ運ぶのだが、少し焦げたスパイシーなペパロニの香ばしさとそれに絡むチーズ、そして、それを追いかけてくるようにトマトを感じさせるピザソースが口の中で広がり、やはり自分の選択は間違いなかったと思うのだった。

 ただ一つ残念なのが、此処へ来た時間が昼の1時(勤務時間内)であったため、それを流し込むのがビールではないという点だ。

 しかし、それでも気分良く食事を楽しんでいたのだが、突然、その楽しい時間が奪われようとしていた。


「ピーター! ピーター・ハート!」


 テーブルに近づいてから声を掛ければ良いものを、店に入るなり名前を連呼する女性を煩わしく感じながら、それに応えた。


「なんの用だ、ジェシカ・フーヴァー!」


 嫌味のつもりでフルネームを言ったのだが、ジェシカはそれを気にする素振りもなく、その視線は自分からテーブルへと移り、


「また、ペパロニピザ!」


「いいだろ、何を食おうが! 君には関係ない!」


「そうね」


「で、なんなんだ?」


「ブラックレインの事件についたんですって?」


「それが、どうか・し・ま・し・た・か!」


「事件の監視カメラ映像が見たいんだけど」


「ん? 君は見てないのか?」


「見てないわ。貴方は見たの?」


「いいや、さっき任命されたばかりだからな。捜査資料も見ちゃいないよ」


「随分、呑気ね」


「腹が減っては、いくさは出来ぬって言うだろ。それに、資料は逃げやしねーよ」


「会わない内に、随分と無能になったみたいね。私は、見てないって言ったわよ」


 ピーターは、溜息を吐いてくわえる筈だったピザを皿へ戻すと、呆れた表情で言い返す。


「君の考えが正しければ、すでに手遅れだ」


 すると、ジェシカは手を挙げ店員を呼ぶと「同じものを」と言って、ピーターの向かいの席へと座る。


「君も食うのか?」


「戦になりそうなんでね。それに、手遅れなんでしょ?」


 初代FBI長官ジョン・エドガー・フーヴァーの親族であるジェシカは、幼い頃から優秀であったため、周りから「女性初のFBI長官は、ジェシカになるかもしれない」と言われ育って来た。

 言われ続けて来た所為なのか、成長と共に彼女自身にも自覚が生まれ、


「あれ(女性初のFBI長官)は、私のために空けてある」とまで言うようになる。


 特に競う相手も現れないまま主席を維持し、順調にFBIアカデミー(新人研修)まで来ていたのだが、ある事件でピーターに先を越され、それ以来、ジェシカはピーターをライバル視するようになった。

 一方のピーターはというと、周りから優秀だと認められていたものの、刑事ドラマに憧れて捜査官になった彼はデスクワークより現場派で、また出世欲も無かったことから、あっさりと二つ下の優秀な後輩(ローガン・スミス)に、その道を譲るのである。


「先に、君の見解を聞かせてもらおうか?」


「ハァ? こんなところで出来る訳ないでしょ」


「帰った方が、出来ないんじゃないのか? それとも、二人っきりになれる静かな所がお好みか?」


「セクハラで訴えるわよ」


「静かな所としか言ってないが?」


 大きな舌打ちをした後、ジェシカは自分の見解を述べ始める。


「この事件は、おかしな所だらけよ」


「だらけ?」


「映像もだけど、検死もウチに回ってこなかったし、回すよう手配もしてみたんだけど、却下されたわ。仕方ないから、殺された捜査官の家族に許可を取って、司法解剖しようとしたんだけど……」


 恐ろしい女だ、勝手にそこまでやるかね。


「できなかったのよ。何故だか解る?」


「クイズにするってことは、上から止められた訳じゃなさそうだな」


 ジェシカは、再び舌打ちすると、ピーターの答えを待たずに話を続ける。


「4人とも火葬されたのよ、家族の許可なしにね」


「ほぅ。で、その理由は?」


「マシンガンで木っ端微塵にされて、とてもじゃないけど見せられないって言われたそうよ」


「マシンガン?」


「まぁ、ブラックレインを相手にするんだから、解らなくもないわね」


 解らなくもない?

 よく言うぜ。


「君のことだ、確認しに行ったんだろ?」


「えぇ、確かに悲惨な現場だったわ、死体が無くてもそれは解る」


「で、何が引っ掛かってるんだ?」


「聞かなくても、想像はついてるんじゃないの?」


「そんな状況だったにも拘らず、エリック・フィッシュバーンが生きている」


「えぇ、その通り。だけど、それだけじゃないわ」


「なんだ?」


「検死を行った人間と会って来たんだけど、死体の内の一体が80歳前後の女性だったそうよ」


「ほぉ、ブラックレインは定年がないのか?」


「そんな訳ないでしょ!」


「で、他は?」


「DNA検査の結果、その老女と家族関係のある死体がもう一体。そして、その二体の身元が不明なのよ」


「それによって、君が導き出した答えはなんだ? 陰謀か?」


「まだ、判らないわ。でも、その可能性は十分にあると思ってる」


「いいのか? 国益の為の陰謀かもしれんぞ」


「な・に・が・言・い・た・い・の?」


 もちろん、ジェシカはピーターの言いたいことを理解している。

 国益の為にFBI上層部が起こした陰謀なら、それを邪魔すれば、FBI長官の椅子が遠退とおのくからだ。


「私にとってアレは、与えられるモノでも、譲られるモノでもないわ。ただ、真っ直ぐ歩いて座るだけよ。そんなことを気にしてたら、貴方なんかに話してないし、どうせ貴方は、止められても調べるんでしょ?」


「まぁな」


「それに、ローガンや貴方を選んだ人間が上に居るってことは、まだ、全てが腐った訳じゃないわ」


「俺が腐ってるかもしれんぞ?」


「その時は、私が貴方に手錠を掛けてあげるわ」

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