第242話「死ぬ覚悟はあるか?」

 ヨハン・ポドルスキーの指名手配が出され、インベイド社の監視システムも動き出したことから、警察は早期の検挙を見込んでいた。

 しかし、一週間経っても、未だに行方が掴めないことに痺れを切らせた警察上層部は、賞金を懸け、目撃情報を募った。

 寄せられた情報は主に、姿を消したノースカロライナ周辺や、ドイツ大使館の在るワシントンDCに集中したのだが、賞金が高額であった所為でアメリカだけでなく、世界各地から寄せられる羽目になり、逆に混乱を招く結果となってしまう。

 捜査が進展しないまま時だけが過ぎ、更に一週間後、最早必要ないだろうと考えていた指揮官(ローガン・スミスの後釜)に捜査官ピーター・ハートを任命する。


 着任早々、ピーターは『インベイド社が顔認証システムからヨハンたちを除外したのではないか』と疑う警察幹部たちに、その行為が如何に無駄であるかを説明させられるという無駄な時間をいられてしまう。


「ローガンは、インベイドの社長に『共謀と判断した場合、業務を停止する』と警告していたのでしょ? だったら、そんなリスクをおかすとは思えませんが?」


「そんなこと、調べてみんと判らんじゃないか!」


 アンタは、この程度のことも調べないと判らないのか……。


「では伺いますが、そうでなかった場合の責任は、どなたがお取りになるのですか?」


「そ、それは指揮を引き継いだ、君だろ! 何を無責任な!」


 よくもまぁ、自分を差し置いて、無責任などと……クズだな。


「では、そのような調べなくても判ることは、遠慮させて頂きます」


「なんだと! 君は、私に逆らうと言うのか!」


 するとピーターは、頭を掻き「あぁ、すみませんでした。てっきり、私が責任者だとばかり」と大袈裟に謝罪した後、いやらしくわらって、


「パウエル副長官、貴方が責任者なのですね? では、その方向で手続きを進めます」


 きびすを返し、スタスタと部屋を出て行こうとするピーターをパウエルが慌てて制止する。


「ま、待ちたまえ、ピーター・ハート!」


「どうされました?」


「し、調べないとして、後日、そうだった場合の責任は……」


 恥ずかしくないのかねぇ、全く。


「私が取りますよ」


 不機嫌に部屋を後にしたピーターは、今後の捜査について考えていた。


 あぁは言ったが、副長官の気持ちも解らなくはない。

 ヨハンの消息は、ホテルの裏へ入ったところで途絶えているし、

 ヤツの女房も、部屋から出ていないのに姿を消していた。

 スパイダーマンでもあるまいし、壁でも這って逃げたってのか?

 それに、この事件は謎が多過ぎる。

 全く、ローガンの野郎、面倒な宿題残しやがって。



 ヨハンの指名手配から一ヵ月後、南城紬なんじょうつむぎ筒井耕太つついこうたは、ワシントンDCで清掃業のアルバイトをしていた。

 もちろん、二人はアルバイトをしに態々わざわざワシントンへやって来た訳でも、眼鏡の開発資金調達をしている訳でもなく、その目的はヨハンたちの救出である。

 幸いなことに、一ヶ月経った今でも、ヨハンたちの身柄拘束や死亡の報道もなく、その行方も不明のままだった。


 ではなぜ、二人はワシントンへ来たのか、それは今より遡ること、一ヶ月。


「君に、策があるのか?」


「ある。だが、かなり危険だ」


「危険は承知だ」


「簡単に言いやがって、テメー死ぬ覚悟はアンだろうな?」


「えッ!?」


「えッじゃねーよ! 相手はサツ(警察)やテロリストなんだぞ! 全く、この色ボケ野郎がッ!」


「ぼ、ぼ、ぼ、ボクはあるよ! 君に命を賭けさせる訳にはいかないと思ったから、ちょっと戸惑っただけだよ!」


「ホントかよ」


「本当だよ! 君は作戦だけ立ててくれればいい、後はボクがヤルから!」


「駄目だ。今から言う作戦は、アタシだけでもアンタだけでも駄目なんだ。二人でやらなきゃ、駄目なんだよ」


「一体、何をするんだよ」


「その前にもう一度聞く、死ぬ覚悟はあるか?」


「ある!」


「いいだろう。では、まず、インベイドを辞めてもらおうか」


「そうだね、社員のままで捕まったらマズイもんね」


「解ってんじゃねーか。あとな、目的だが変更させてもらう」


「目的を変更する?」


「アンタの目的は、その眼鏡をヨハンに渡すことだろ?」


「そうだけど……」


「それを使うのはヨハンたちではなく、アタシらだ」


「渡すまでは、そのつもりだけど……」


「そうじゃない。ヨハンたちが使わなくて済むようにするのさ」


「え?」


「そいつがあれば、FBIだって、CIAだって、ホワイトハウスだって入れるんだろ?」


「そうだけど……」


「そいつを使って、ヨハンの無実の証拠を手に入れるために、FBI本部へ忍び込む」


「ちょっと、待って!」


「覚悟したんじゃねーのかよ!」


「覚悟はしてるよ。でも、君も僕も素人なんだ、そんなスパイ映画のようなこと、上手く行くとは思えない」


「だから、かなり危険だと言っただろ。だがな、どう考えても、ヨハンに会う手段が浮かばないんだ」


「やっぱり、タイガーさんか、美羽さんに相談した方が……」


「そいつは、ダメだと言ったろ。それに美羽にしろ爺にしろ、同じ答え出す筈だ。そもそも、ヨハンに連絡する手段がない」


「海外サーバーを経由して、メッセージを……」


「お前、ラルフの裏をかけんのか?」


「えッ……」


「ヨハンが指名手配されて犯罪者となった今、共謀していないことを証明するために、ラルフはFBIに協力する筈だ。テメーは、あの天才ラルフ・メイフィールドを出し抜いて、ヨハンに連絡できんのか!」


「……」


「そもそも、ヨハンへのメッセージは山ほど送られている筈だ。無実を信じた応援であったり、出頭しろだとか、誹謗中傷もあるだろう。その中には、間違いなくFBIの罠も潜んでいる。そんな中で、アタシたちのメッセージだけ本気にさせることは不可能だ。間違いなく、ヨハンより先にFBIに特定され、アタシもアンタも拘束されんのがオチなんだよ!」

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