第241話「痛み分け」

 ベンジャミン・ヘンダーソンはコーヒーを一口含んだ後、どのようにしてブラックレインが裏の顔を持つようになったのか、その経緯いきさつを語り始めた。


 切っ掛けとなったのは、1991年の湾岸戦争まで遡る。

 日本からの資金協力135億ドル(約1兆7500億円)の内、およそ80億ドル(1兆790億円)が戦地となったクウェートではなくアメリカに渡り、その戦争に参加していた民間軍事企業のブラックレインもその恩恵を受け急成長を遂げたことで、エリック・フィッシュバーンの心に深く刻まれることになる。


 2000年、会社が軌道に乗り安定したことと、新しい世紀を向かえる前に引退しようと考えていたアーノルド・フィッシュバーンは、社長の座を息子エリックに譲り、隠居生活へ。


 社長の座を手に入れたものの、これといった実績の無かったエリックは、功を焦り、色々なビジネスに手を出すもことごとく失敗、そして、その穴を埋めるべく始めてしまったのが、要人暗殺などの裏家業だった。

 しかし、それでも自分が空けた穴を塞げなかったことから、再び、戦争で恩恵を受けようと、その引き金となるような事件『アメリカ大統領の暗殺』を画策することになる。


「裏家業にも協力していた俺は、当然のようにそのメンバーに誘われたんだが、納得が出来なくて断ったんだ」


 だが、計画を話した手前なのか、エリックは執拗に俺を誘い続けてきたんだ。


「ベン、お前なら10万ドル出してもいい、だから、手伝ってくれないか?」


「金の問題じゃないんだ、エリック。国民を虐げる独裁者ってならまだ解るが、今回ばかりは遠慮しとくよ。聞かなかったことにするから、出来れば考え直して欲しい」


 しかし、思わぬことでこの計画は白紙に戻る――2001年9月11日、同時多発テロ。

 これによって、新たな戦場が生まれ、無理やりテロを起こさなくて済んだことにホッとしたベンジャミンは、つい余計な一言を告げてしまう。


「よかったな、これでやらなくて済む」


 誰に聞かれても問題ない一言であったが、エリックの心証を悪くした。


 聞かなかったこと(忘れる)にするんじゃなかったのか?


 他言を恐れたエリックは、イラク戦争後の治安正常化作戦にベンジャミンを参加させると、混乱する戦場の中で狙撃する。

 背後から左の太腿を撃ち抜かれたことで、誰が撃ったか瞬時に察知したベンジャミンは、足を引きずりながらもチグリス川に飛び込んだ。

 2月の増水時期だったお陰で川の流れは速く、ベンジャミンは飲み込まれるようにその姿を消し、戦死として処理されたのである。


 エリックに狙われたことで、最早、アメリカに戻る事が出来ないと考えたベンジャミンは、生きるための場所を探し求めたが、身分不詳のまま雇ってもらえる場所は反政府側しかなく、そこで傭兵として二年の時を過ごした。

 その後、ある程度の資金が貯まったところで、個人ID(戸籍)を購入し、ドバイへ渡り石油王のガードマンとして働くようになったのである。


「そうだったのか……で、なんで辞めて、浮浪者を?」


 ヨハンのブラックジョークを鼻で笑うと、そのお礼とばかりに嫌味で返した。


「任務に決まってるだろ。でなければ、今頃、お前たちは牢屋の中か、死んでいる」


「任務? 俺たちを助ける?」


 だが、それに答えたのは、ベンジャミンではなく、パトリックだった。


「違う」


「違う?」


「お前たちを助けたのは、ついでだ」


「ついで? てことは、ブラックレインを調査してたのか?」


「そうだ。俺たちが任務を遂行している所へ、お前たちがノコノコと現れたって訳だ」


「ノコノコって……それより! 親父、ボケてなかったのかよ! 全く、騙されたぜ」


「いや、ボケてるよ」


「は?」


「正確に言えば、身寄りの無い認知症の老人を俺の顔に整形して、入れ代わったんだ」


「随分と手の込んだ……まさか、親父たちの依頼人って、虎塚帯牙か?」


「その通りだ。俺たちは、虎塚帯牙に雇われた諜報チームだ」


 あえて言わなかったが、ベンジャミンは正規雇用主であるシナン・ムスタファーからのローンディール(レンタル移籍)として、帯牙の諜報チームに合流している。


「諜報チーム!?」


 再び、ベンジャミンがコーヒーで喉を潤すと、それの解説に入る。


「俺たち諜報チームのメンバーは、世界各地に散らばっていてな、各国の政府機関だけでなく、一般企業、マフィアや過激な団体など、さまざまな組織に潜入し、得た情報をその都度、タイガーへ知らせていたんだ。つまり、お前たちの逃亡情報も、その内の一つだったって訳だ」


「そうか、だから、タイガーはExtinvadのテロ情報を……」


「仕事は、情報を得ることだけじゃない。場合によっては、干渉することもある。あのハイジャックも、万全の体制で望んだ内の一つだった」


「万全だと!?」


「気持ちは解るが、事実として計画は我々の手中にあった。お前を乗せたことで、ブラックレインを動かし、精巧なニセモノの爆弾まで用意して摩り替えた。エアバス社のジェット機を選択させたことで、操縦席の計器が壊されても、虎塚刀真なら回避できると考えた。すべて、タイガーの計画通りに進んでいた」


「銃は、本物だったじゃないか!」


「銃までニセモノだったら、間違いなく敵に気づかれる」


「計画を未然に防ぐことだって出来たろ!」


「それで捕まえられるのは、Extinvadまでだ! お前だって、おとりと知って引き受けたんだろ? 同じ穴のむじなだ」


 ヨハンは、テーブルを激しく叩き、怒りをあらわにする。


「そこまで言うんなら、首謀者を突き止めたんだろうな!」


「残念ながら掴めてない」


「なんだよ! それじゃ、刀真たちは無駄死にじゃねーかッ!」


「テロリストの目的は、虎塚刀真の暗殺とインベイド本社への特攻の2つだった、結果的には痛み分けだ」


「痛み分けじゃねー! 刀真の損失はデカ過ぎる! 完全な敗北だ!」


「そうさせない為に、まだ諦めずに任務を続けてるんだ。それに、俺たちはブラックレインまで辿り着いたが、タイガーなら何かを掴んでいるかもしれん」


「タイガーと連絡が取れるのか?」


「いや、テロ以降、連絡は途絶えている」

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