第234話「黒い雨」

 ――我々には、核を保有するほどの価値がある。


 その掲げられた理念から、いずれは軍事ビジネスに参入するつもりでいた創設者のアーノルド・フィッシュバーンは、その社名を原子爆弾投下後に降る黒い雨から『ブラックレイン』と名付けた。


 育成された兵士たちが戦地で次々と黒い雨を降らせると、アーノルドはその事業内容を増やし、急成長を遂げていった。

 その中には、各国の首脳や国際刑事警察機構(ICPO)から依頼を受け、マフィアや海賊の討伐に参加することもあり、かつて、フレデリカを救助した人身と臓器の売買を行っていたマフィアの殲滅作戦も、その内の一つである。


 そんなブラックレインに黒い噂が囁かれたのは、1991年ブラックレインがノースカロライナに広大な訓練施設を建設するにあたり、反対派のリーダーだった民主党の下院議員が不可解な死を遂げたことから始まる。

 当然、ブラックレインの関与を疑われたのだが、決定的な証拠が見つからないまま、事件は迷宮入りした。

 この事件を機に、不可解な死やプロとおぼしき犯行、要人の暗殺などは、マフィアよりもブラックレインなのではないかと噂されるようになる。

 悪戯なのか、それとも本気なのか、殺人依頼の電話が増えてきたことで、アーノルドは「ブラックレインは暗殺を請け負ってはいない。依頼が来た場合、すぐに警察に通報する」と声明を発表。

 これによって、殺人依頼の電話は無くなったのだが、ブラックレインが資本提供を受けていた企業の周りで、不可解な数名の死者が出ていたこともあり、まるで都市伝説のような噂話だけが残った。



 あれは、親父が40で、俺が21の時だった。


「ヨハン、お前も一人前になったから、一つだけ注意しておく」


「なに?」


「もし、エリックが直接仕事を依頼して来たら、その内容は聞かずに断れ」


 ブラックレイン所属の兵士たちが仕事を受ける場合、その内容と日当が書かれた紙が掲示板に貼り出され、自由に選べるようになっていた。

 もし、それで一人も志願者が出なかった場合、再度、依頼者へ報酬を上げるか、断るかの交渉が行われる。


「解ったけど、でも、それって報酬が多そうだな」


「通常の5倍以上ある」


「5倍!?」


「それでも、割に合わねー」


「親父は、受けたことあるのか?」


「俺は無い。だが、断った奴を知ってる。ベンジャミンを覚えているか?」


「覚えてるよ。親父以外で色々教えてくれたの、ベンジャミンのオッサンくらいだったからな」


「おそらく、殺された」


「殺された? 殉職じゃなかったのかよ!」


「証拠はねーが、最後の戦場はエリックと一緒だった」


「なんで、殺されなきゃいけねーんだよ」


「断ったからだ」


「え!? 断るだけで?」


「口封じだ。大統領の暗殺を持ちかけられたらしい」


「だ、大統領の暗殺!? アメリカのか?」


「そうだ」


「なんで、母国の大統領狙うんだよ」


「新しい戦場を開拓する為さ」


「そんなんで、新しい戦場が生まれる訳……」


「イラク戦争の切っ掛けは、なんだった?」


「911……ちょっと、待ってくれ! あれにブラックレインが?」


「いいや、あれはおそらく違う。だが、お陰でその必要が無くなったとも言える。いいか、ヨハン。お前は金への執着が表に出過ぎてる。高額の報酬にばかり飛びつかず、今後はICPO(インターポール)がらみの作戦にも参加しろ、エリックがお前に目を付ける前にな」


「解ったよ」



 そして、そんな話が来ないまま時は過ぎ、2014年。

 俺は、退役することを決意する。


「引退する?」


「あぁ、もう潮時かと思ってね」


「そんな歳でもないだろ?」


「そうなんだが……娘にな、帰る度に泣かれるんだよ」


「娘? あぁ! アン時のガキ、まだ育ててたのか?」


「あぁ」


「なら、ウチで教官として働かないか?」


「有難い話だが遠慮しとくよ。アテは、もう見つけてるんだ」


「そうか、だが、もし、金が必要になったら、いつでも来い」


「ありがとう、エリック」



 ステンレス製の結束バンドで、両手両足を縛られ、床に横たわるエリック・フィッシュバーン。


「こんなことをして、タダで済むと思うなよ!」


「どうタダで済まないんだ? 殺し屋でも送るってか? その名簿を出せ!」


「いい加減にしてくれ! そんな名簿などない! 気が済むまで探せって、言ってるだろ!」


「FBIが散々調べたんだろ? だったら、此処に在るとは思えない。何処だ、何処にある?」


「何度言えば、解るんだ!」


「そうか……やりたくなかったが、今からアンタの爪を一枚ずつ剥がして行く、それでも答えなければ次は、指だ」


「そんなことをしても、無駄だ。無いモノは答えられん!」


「それで終わると思うか?」


「次は、両手両足か? このサディストめ!」


「いいや。その次は、アンタの息子だ」


「なッ!? 息子は関係ないだろ!」


「そうだな。関係の無い息子が、アンタの所為で死ぬんだ」


「やめてくれ、どう言えば信じてもらえるんだ。俺の自宅も調べれば、気が済むのか? それとも、隠し金庫にでも案内すれば気が済むのか?」


「エリック、俺もしたくないんだ。俺はテロリストの個人情報だけが欲しいんだ。他の情報は要らないし、裏名簿のことも誰にも言わない。俺に、アンタの息子を殺させないでくれ」


 ヨハンがエリックに詰め寄った時、一発の銃声と共に、社長室の扉が激しい音を立て破られた。

 ヨハンはエリックを起こして座らせ、銃口をエリックの後頭部に当てた。


「動くな! エリックがどうなっても……」


 言葉を失ったのは、扉を壊した男が連れいる老女に見覚えがあったからだ。


「母さん、なんで此処に?」


「久しぶりだね……兄さん」

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