第233話「裏の顔」

 捜査員の解散が告げられた午後23時のハモンド駅では、その靴音だけ鳴り響いていた。

 ローガン・スミスもまた、ハンナ・コレットを伴い、駅を出てターミナルへと向かい、数分後に現れたタクシーに乗り、行き先を告げる。


「ニューオリンズの空港に一番近いホテルまで、お願いします」


 走り出したタクシーの中、窓の外を眺めるローガンにハンナが話し掛けた。


「明日の朝、飛行機でアトランタですか?」


「アトランタは、手遅れでしょうね」


「では、次はどちらへ?」


「次ですか……もう、それを考えるのは、私の役目ではないかもしれません」


「捜査から外されると?」


「えぇ。フェニックス、そして、此処(ニューオリンズ)でも逃げられてしまいましたからね」


「でも、此処を的中させたのは凄いと思いましたよ」


「そうですか、ありがとうございます。でも、それは違いますよ。おそらく、誰が指揮をしていたとしても、此処まで導かれていたと思います」


「導かれた?」


「ヨハンは、捜査の手がニューオリンズに集中するのを待っていたんです」


「待っていた?」


「飛行機という選択は、いつでも使えた筈です。此処でENを使わずともね」


「捜査を撹乱させるのが、そんなに楽しいんですかね?」


「違いますよ。そう(愉快犯と)思わせているだけで、本来の目的は別です」


「本来の目的?」


「この続きは、私がまだ捜査を続けられたらにしましょうか」


 そう言って、ローガンは再び、窓の外を眺めた。



 翌朝。

 ローガンは、今後の配属を伺おうと、FBI本部に問い合わせたのだが、連邦捜査局長官が出した答えは、ヨハン追跡の継続だった。


「二度、失敗しましたが?」


「では、お前は誰が適任だと思う?」


「誰でも、よろしいんじゃないでしょうか?」


「だったら、お前だ」


「そうですか……知りませんよ、失敗しても」


「構わん。それに、ヨハンは犯人ではないのだろ?」


「そうですね」


「ならば、失敗など、最初はなから存在しないのではないか?」


「物は言い様ですね」


「それにお前のことだ、もう目星は付けているんだろ?」


「では、それが勘違いでないことを祈っておいてください」


 ローガンは携帯電話を切り終えると、頭を掻きながら、横でソワソワしているハンナに「また、よろしく」と告げる。

 すると、ハンナは満面の笑みで、昨日から気になっていたことを尋ねてきた。


「あの~」


「昨日の続きですか?」


「はい。気になって、あまり眠れなかったんですよ! だけど、待ってください。まずは、私の予想から!」


「いいですよ。どうぞ」


「ドイツ大使館に行くと見せかけて、カナダ、アラスカを抜け、ロシアではないでしょうか!」


「随分と長旅ですね」


「違いますか?」


「正解かどうかは判りませんが、私の予想とは違いますね」


「違うのかぁ……」


「まだ判りませんよ。私の答えが正解とも限りませんし、貴女の言う通りかもしれない」


「本当に、そう思ってます?」


「えぇ。少しだけですが」


 ハァーっと大きな溜め息を吐き、ハンナは肩を落とすと、ローガンに答えを聞く。


「では、お答えをお聞かせください」


「もし、私の予測が間違っていなければなんですが……」


 ハンナの「間違ってると思って無い癖に」という視線を浴びながら、答えを告げる。


「彼の目標は、ノースカロライナです」


「ノースカロライナ!? まさか、ブラックレインですか?」


「えぇ」


「でも、あそこは……」


「そう、先日調べたばかりで、それをヨハンも知っています」


 ヨハンの証言から、ハイジャック犯が過去現在を含めブラックレインに在籍していなかったか、その捜査が行われており、そして、その結果をヨハンに伝えていたのである。


「だったら、何故?」


「ブラックレインには……良くない噂がありましてね」


「良くない噂?」



 22時08分、アトランタに降り立ったヨハンたちは、早々にタクシーを捕まえると、ノースカロライナ州シャーロットまで、途中休憩を1度挟み、およそ5時間掛けて到着する。

 今までの疲れを癒すため、高級なホテルへと向かい、今日は一日ゆっくり休もうとルームサービスまで頼んだ。

 シャワーで体の汚れを落とした後、籠に幾つも積まれた小さなパン、生クリームが香るスープ、少し赤い血が滲むフィレステーキ、そして、高級な赤ワイン、久しぶりの美味しい食事を楽しみ、そして、深い眠りについた。


 陽が昇る前に目を覚ましたヨハンは、まだ静かに寝息をたてるフレデリカの髪を撫で、


「すまんな。ブラックレインに、お前を連れて行く訳にはいかない。ゆっくり、おやすみ」


 ――もし、俺が19時までに戻らなければ、お前はラルフに連絡して、保護してもらえ。


 そう手紙を書き残し、ヨハンはホテルを後にする。



 ブラックレインの社長であるエリック・フィッシュバーンが出社し、社長室へ入るなり、背後を取られ、その身を壁へと押し付けられる。

 背に伝わる感触で、それが何なのかは想像に容易く、また、自分の背後を取れる者も数えられるほどしか居ないこともあって、振り返らずとも相手が誰なのかは明白だった。


「罪を重ねるのか? ヨハン」


「重ねるような罪など無い」


「そうか……だが、これは罪だろ?」


「確かに、これは罪と呼べるが、おおやけにするつもりなのか? エリック」


 ヨハンが指摘する通り、傭兵界の最高峰といわれるブラックレイン本社の社長室に忍び込まれ、現役の兵士でもある自分が、優秀だったとはいえ10年以上前に退役した者に後ろを取られた挙げ句、脅されたなど、公表できる訳がない。


「目的は、何だ?」


「或る兵士の個人情報が欲しい」


「個人情報? あぁ、ハイジャック犯のか? 残念だったな、ウチの所属じゃない」


「俺に、FBI用の解答が通用すると思っているのか?」


「嘘じゃない。犯人の写真を見せられたが俺の記憶には無いし、この答えも、お前と同じように疑り深いFBIが散々調べた上で出した答えだ。なんなら、電話でもメールでも、好きなだけFBIに問い合わせてみるといい」


「俺が見たいのは、表向きの名簿じゃない」


「何を言ってる? 裏の名簿なんて……」


「親父が言ってたんだよ。ブラックレインには、裏の顔があるってな」


「パトリックが? 呆けた爺の世迷よまい言を、お前は信じるのか?」


 パトリック・ポドルスキーは、62歳まで傭兵を続けていたのだが、戦場で重傷を負ったことが原因でアルツハイマーを発症し、現在は老人ホームで余生を過ごしている。


「それを聞いたのは、親父が40の時だ」


「なら、ただの悪いジョークだ。そんなモノを真に受けるな!」


「俺が親父より、アンタの言葉を信じると思うのか?」


 エリックは、やれやれとばかりに大袈裟な溜め息を吐くと、


「解ったよ、好きなだけ調べろ」


「素直に出してはくれないのか?」


「幾ら銃で脅されても、存在しないモノを出せるか! 気が済むまで調べて、サッサと失せろ!」

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