第229話「思考の沼」

 タクシー爆破事件から一夜明け、インベイド社がヨハン擁護の声明を出したことで、ハッキングしてでもヨハンたちの逃亡を手助けするのではないかと考えた警察上層部は、ラルフ・メイフィールドをサンフランシスコ市警に召喚する。


「ヨハンたちを信じ、逃亡を支持しているが、我々は法を犯すような愚かなことはしない」


「ならば、警察に協力するべきじゃないのかね? どうして、口座の凍結に従わない!」


「無実の人間の口座を凍結させる訳にはいかないだろ?」


「無実と決まった訳じゃない!」


「令状はあるのか?」


 その一言で警察幹部たちは口をつぐみ、会議室は一気に静まり返った。


「いつから、警察は一般人の口座を凍結させる権利が出来たんだ? なんなら、アンタらの口座を凍結してやろうか? いつから、警察は法を犯す側に……」


 嫌味を言い続けるラルフをローガンが遮る。


「申し訳ない、貴方の言う通りです。つい、余計なお願いまでしてしまいました」


「お願い? なにかやれと言うのか?」


「いいえ。我々としては貴方に何かして欲しい訳じゃなく、貴方に何もしないで頂きたいだけなんですよ」

 

「逃亡を手伝うなという意味かな?」


「そうです。聡明な貴方なら既にお気づきだと思いますが、ヨハンが犯人でない場合、それをとがめはしませんが……」


「もし、犯人なら共謀だと?」


「そうなりますね。もちろん、信じて手伝っただけの可能性も否定はしませんが……それを調べるには、一定期間の業務停止は免れないでしょうね」


 そうなる可能性は、ラルフも考えていた。

 当初は、友情からヨハンをインベイド社でかくまうつもりだったが、ヨハンの「お前らをアメリカ政府と喧嘩させる訳にはいかない」という発言で冷静になり、声明と監視映像を押さえるのみに留めた。

 ヨハンが依頼した監視映像は、アメリカ全土にある定点カメラをインベイド社が運営し、それを警察と共有しているだけなので、ハッキングせずとも(罪を犯すことなく)その情報を押さえられるのである。


 脅されていると感じる一方で、このローガンという男は信用できるとも考えた。

 それは、ローガンがテロリスト側であるなら、ヨハン逮捕よりも、インベイド社の業務停止の方が重要だからだ。


 逃亡している限り、いずれヨハンは法を犯す時が来る。

 そうなれば、タクシー爆破の証拠が掴めなくとも、ヨハンを別件で逮捕し、それに加担したとして、インベイドを業務停止に追い込める。

 そうならないように、注意としてではなく、警告として言っているところに、この男も警察内部を信用していないのかもしれない。


「もし、ヨハンが犯人だという証拠が出たなら、その時は、口座を凍結させるし、逮捕にも協力させてもらう」


「解りました。それでは、その時、改めて令状を持って伺いますよ」


 急げよ、ヨハン!



 ローガンはラルフを丁重に玄関まで見送った後、そのまま現地で陣頭指揮を執る為に、パトカーでサンノゼ国際空港へと向かう。


「インベイド社が協力してくれれば、もっと楽だったんですが、上手くは行きませんね」


「そうですね」


 インベイド社は、アメリカだけでなく、一部を除く世界にある定点カメラを一手に任されている。

 インベイド社の顔認証システムは性能がズバ抜けており、指名手配犯の顔を登録すれば、どの国に居てもカメラが捕らえた時点で、その国の警察機関と登録した国へ報告が入る仕組みになっている。

 しかし、如何に警察といえど、無実の人間を追跡するのは人権に反するため、現在のところ、ヨハンたちは指名手配されていないことから、犯人としての登録が出来なくなっていた。


 サイレンを鳴らし、急いで空港へ向かうパトカーの中で、ローガンはスマートフォンを操作し、サンノゼ国際空港からルイ・アームストロング・ニューオーリンズ国際空港までの到着時間を調べていた。


「アームストロングまで、5時間半か……」


「間に合いますかね?」


「おそらく、ヨハンは人の多い時間帯を狙う筈ですから、17時から21時の間といったところでしょう」


「では、ニューオーリンズ駅に私服警官の配備させますか?」


「待ってください。捕まえるのは、列車に乗ってからです」


 すでにニューオリンズを中心に北から東に掛けて、検問は敷いている。

 仮に、車やバイクで移動したとしても捕らえられる。

 だが、それに気づかない彼じゃないだろう。

 となると、やはり列車しか手段はない筈なんだが、なんだこの違和感は?

 そう思わされているような気がする。

 別の手段があるとしたら、なんだ……、

 ゴムボート!?


「ミシシッピか!?」


「どうしたんですか?」


「いや、なんでもない……」


 違う、考え過ぎだ。

 これは、おそらくヨハンの罠だ。

 どう考えても、ゴムボートでメキシコは無理。

 次に考えられるのは、マイアミからバハマだ。

 だが、そこまで時間を掛けるのはハイリスクだし、間違いなく海上で確保できる。

 となると、次の使い道はミシシッピを北上するのが思い浮かぶが、

 メキシコ同様に燃費や時速を考慮すると、逃げる手段としては最悪の手だし、それなら遊覧船を利用する。

 そして、ミシシッピ北上までを連想させるのが罠だとしたら、遊覧船の利用もない。

 警備を分散させるのが目的だろう。

 考えれば考えるほど、彼の仕掛けた深い沼にはまる。



 その頃、ヨハンたちは、真犯人の情報やヨハンたちに逮捕状が出たという報道も無かったのだが、警察から追われている状況は変わらないため、ニューオリンズへ入る前に、モーテルの風呂場で髪を切っていた。


「本当に良いの?」


「あぁ。お前の方こそ、良いのか?」


「構わないわ、逃げるのに邪魔になりそうだもの」


 フレデリカは黒髪を金髪に染めた後、背中まであった長い髪を肩まで切り落とし、ヨハンはというとスキンヘッドにしていた。


「思った以上に似合うわね」


 フレデリカの褒め言葉にヨハンは「そうか?」と照れくさそうに笑うと、坊主になった頭を撫でながら鏡を眺めた。


「髭の方は、まだ時間が掛かりそうだな」


 警察が扱うインベイド社製の顔認証システムでは、この程度の変装に意味は無い。

 しかし、既に人類の半数以上ががインベイドプレイヤーとして登録している(以前のGTW登録)において、GTWのトッププレイヤーであるヨハンの顔を知る者は極めて多く、いつどこで『ヨハンを見た』とSNSなどで流される危険性があった。

 つまり、この変装は対警察用ではなく、一般人に向けたモノなのだ。

 ちなみに、会社の給与支払いがENであるため仕方なく登録している者や、ENの方が何かとお得で便利なので登録する者、また、登録者が多いことから商売のためだけに登録している者も居るため、ボブ・ポールセンのようにゲームに興味がなければ、ヨハンの顔を知らない者も少なからず存在する。

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