第228話「無中生有」
アメリカでは、起訴前(令状なし)に身柄を拘束することは出来る。
しかし、ラルフ・メイフィールドが警察よりも先に会見動画をアップしたことで、ヨハンの無実を信じる声も小さくは無く、また、ヨハンの母国であるドイツから「拘束の際は、身柄の引渡し」を要求されたことで、国際問題を恐れた連邦最高裁判所は、内政干渉であるにも拘らず「証拠なき者への令状は拒否する」とFBIが令状を申請する前に蹴られる形となった。
これにより、ヨハンの財産を差し押さえる(預金口座の停止)ことも、表立った指名手配も出来ずにいた。
今、出来ることと言えば、ENを使用したことによる追跡くらいなのだが、それもインベイド社の協力が得られず、購入先での使用履歴となるため、FBI(連邦捜査局)捜査官のローガン・スミスは、一歩遅れる歯がゆさを感じていた。
ヨハンがフェニックスでENの使用とドルでの引き出しを行っているとの報告を受けたのは、その使用から遅れること27分。
「ドルでの引き出しは、ATMの限度額400ドル、手数料4ドル引かれ、手元に残ったのは396ドル、逃げるには少ないが仕方ないというところか……ポールセンさん、貴方の車の燃費は?」
「12マイル(19km)くらいかな?」
「となると、やはり、メキシコ湾からが濃厚ですね。余分のガソリンも、モーターボート用かもしれない」
すると、ボブは取調べにも慣れたこともあり、少し勇気を出して、ヨハンの印象を伝えることにした。
「あのさー、素人の俺が言うのもなんだけど……」
「犯人じゃないって、言いたいんですか?」
「なんだ、解ってるんだ」
「ヨハンが貴方から車を奪わずに、100万ドル払ってるのはおかしいし、なによりも、タクシー運転手を殺しておいて、貴方を殺さない理由がありませんからね」
「だよなー」
「でもね、それは無実に見せかけて、別の犯行に及ぶための罠かもしれない……」
「考え過ぎじゃないの?」
「って思ってる捜査官も居るんですよ」
「アンタは、違うのか?」
「まだ、なんとも言えませんね」
一拍おいて、ボブは今、一番気になってることを尋ねる。
「あのさー、俺、いつ帰れるの?」
「すみませんね。また、車の燃費みたいな質問が出てくるかもしれないんで、一週間くらいは我慢してください。まぁ、彼らが捕まるか、出頭してくれれば、貴方に用はないんですけどね」
「早く、出て来てくんねーかなー」
その発言にローガンは「現金ですね」と笑った後、
「たぶん、貴方への迷惑料も含めた100万ドルだと思うんで、出頭することはまず無いでしょうね」
そう言われると、ボブは仕方ないと諦めながらも、苦虫を噛み潰したよう表情を見せるのだった。
せめて、ドイツ大使館にでも逃げてくれればいいんですが、ワシントンDCですからねー。
それにそうするなら、インベイド社のプライベートジェットを利用して、ワシントンへ行くでしょうし。
バハマ、キューバという選択肢はあっても、北路は無いでしょうね。
その頃、フェニックス市では、大量の風船が空を飛ぶのを発見した警官がそれを行った者へ、職務質問を掛けたところ「白人の男性からパトカーを3台以上見かけたら、飛ばすよう指示された」との報告を受け、フェニックス市警署長マルコ・クラメルは、ドラマの主人公を気取るかのように無線を掴み、声を荒げた。
「ヨハンは、風船を見ている筈だ! 市外への道を全て封鎖しろ! 絶対にフェニックスから出すな!」
また、マルコは周辺の市警にも応援を要請し、20分ほどでヨハン包囲網を完成させる。
しかし、何も起こらないまま、27時間が経過し、オースティンでヨハンのENが使われたことによって、これが罠だったことを知る。
マルコは悔しさのあまり、大切にしていた筈の残り少ない頭髪を掻き毟るのだった。
オースティンに入ったとの報告を受けたローガンは、それより西の警備を解き、先手を打ってメキシコ湾上に警備を配置するよう指示を出す。
「オースティンまで行きましたか、それとも、今頃はヒューストンでしょうか? しかし、都市部に入って、車ではなくENで見つかるということは、乗り換えましたか?」
実は、ヨハンは乗換えを行ってはいない。
オースティンに来るまでの山道で、色を塗り替え、ナンバープレートにも細工をしていたのである。
ヨハンは、オースティンで高級な腕時計や指輪などアクセサリー品を20点購入しており、その総額はなんと23万ドル。
現金より持ち運び易いし、メキシコでも売れる、私でもそうしますよ。
転売目的であることに気づいたローガンは、オースティンのリサイクルショップに問い合わせ、2時間後、その内の一点が見つかり、ヨハンが1万ドルを手にしたこと知る。
また、その店でエンジン付きのゴムボートを購入してる情報も得た。
「油断しましたね。ENでの購入ではないからと、目の前にあったエンジン付きのゴムボートに飛びつきましたか? 残念でしたね、既にメキシコ湾海上では、貴方を捕まえる為、大勢で待ち構えて……」
待て、待て、待て、待て!
違う! 違いますよね?
貴方だって、そんなことは解っている筈だ!
ゴムボートは、ブラフか?
ローガンは、再びアメリカ大陸の地図を眺め、深く考え始めた。
忘れてましたよ。
貴方って、ゲームでは戦術の名手でしたね。
南へ警察を集中させて、北上する。
考えましたね、良い手ですよ、全く……。
でも、まだメキシコへ向かうと見せかける為に、東へ進みますよね?
何処まで行きますか?
ジャクソン? バーミンガム? アトランタ?
いや、貴方なら再びニューオリンズでENを使用して、警察が海上を血眼になって探している隙に、列車で一気に北上するんじゃないですか?
ローガンは立ち上がり、部下を呼ぶ。
「ハンナ、鉄道警察に連絡を」
「え? 鉄道ですか?」
「転売した金で列車のチケットを購入し、北上する可能性があります」
「北上? メキシコじゃないんですか?」
「賭けてもいいですよ、ヨハンはメキシコに行かない!」
「では、メキシコ湾上の警備は?」
「いえ、それは敢えて残します。残しますが、船の配置はヒューストンからニューオリンズまでで」
「了解しました」
ヨハン、今度は私の番です。
その頃、ヨハンたちはニューオリンズを目指し、車を走らせていた。
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あとがき
やべーな、ヨハンの話、長くなりそうw
読者の皆さま、ゲームやってないけど大丈夫?
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