第230話「重要参考人以上、容疑者未満」

 雨降るルイ・アームストロング・ニューオーリンズ国際空港にローガン・スミスとハンナ・コレットが着いたのは、19時17分。

 まるで天がヨハンに味方するように、雨で飛行機は遅れ、ニューオーリンズの人々も傘でその顔を隠し、この中から目視でヨハンたちを探すのは困難に思えた。

 不幸中の幸いだったのは、ヨハンが未だ行動を起こしていないことと、今から乗れるシティ・オブ・ニューオーリンズ(シカゴ行き寝台列車)は、22時40分しかなかったことだった。


 鉄道警察と連携を取るため、ニューオーリンズ・ユニオン・パッセンジャー・ターミナルへ向かうと思われたのだが、空港のロータリーで停車していたタクシー運転手に告げたのは、違う行き先だった。


「ハモンド駅まで行ってください」


「え? ターミナルに寄らないんですか?」


「その必要はありません。言ったでしょ? ヨハンを捕まえるのは列車内です」


 ローガンの作戦は、ヨハンたちが乗った列車が次の駅に着いたところで、駅に待機させた多人数の捜査員を投入し、身柄を拘束するというモノ。

 逃げ道を無くすために列車内を選んだというのもあるが、理由を後付けする(違法)逮捕も目撃者を減らすことで可能と考えたからだ。


 流れ行く景色を眺めながら、ローガンはヨハンの逃亡ルートに見落としがないかを深く考え始める。


 まだ、何か引っ掛かる。

 この選択肢でさえ、彼の誘導だったとしたら?

 いや、幾らなんでも、他の手段は考えられない……


 一方、隣に座るハンナも、ずっと疑問に感じていたことを考えていたのだが、その答えが出せず、思い切ってその答えを持つ者へとぶつけてみることにした。


「あの~」


「なんですか?」


「どうして、ヨハンが人の多い時間帯を狙うと思ったんですか?」


「もし、貴女がヨハンなら『深夜の貨物列車に忍び込む』というところでしょうか?」


 自分の考えを言い当てられ、ハンナは犯人でもないのに少し動揺する。


「は、はい」


「それは、まだヨハンが罪を犯してないからですよ」


「え? タクシー爆破は?」


 ローガンは、認識を間違っている部下に溜息を吐くと、改めて現在の状況を教える。


「ヨハンは重要参考人であって、犯人と決まった訳ではありませんよ」


「それは、表向きの話であって……」


「表向きになってしまったからこそ、なんですよ」


「えっ?」


「本来なら令状なしでも、この国では身柄を拘束できますが、国際問題にまで発展した今、彼を令状なしで逮捕することは、政治的に出来ないんですよ」


「じゃあ、どうやって捕まえるんですか?」


「出来れば、ご協力をお願いしたいところなんですが……まぁ、逃げてる訳ですから、そうは行かないでしょうね。気は乗りませんが、別件で逮捕するしかありませんね」


「だから、ヨハンは罪を犯さないと?」


「そうです。とはいえ、いつかは一線を越えるでしょうね」


「そのいつかって、今かもしれませんよね?」


「今日、国外へ逃亡するなら、そうでしょうね」


 イマイチ、彼の手が読めない。

 一番謎なのは、ポールセンさんが口を割ってしまうことを計算に入れていたのなら、別れた直後に行動しなかったことです。

 そこまで見越していたなら、車を見つかり難い場所に捨て、すぐに北上するでしょ?

 どうして、南下してみせる必要があるんです?

 ヨハン、貴方の行動は、まるで愉快犯ですよ。

 それとも、何か理由でも……、


 再び、ローガンが深く考え始めた時、彼の携帯が鳴る。


「トニー、ヨハン(のEN)に動きがありましたか?」


「いいえ、ポールセンの車が見つかりました」


「車が見つかった!?」


「はい。運転してたのはヨハンではありませんでしたが、運転していた男によると、10ドルでヨハンから買ったそうです」


「そうですか……で、何処で買ったと?」


「ラローズ、サルバドール湖の南西に在る町です」


「サルバドール湖!? すぐそこじゃないですか!」


 乗り換えなかったのか?


「はい、黒に塗り替えられていたらしいです」


態々わざわざ、色を? ライセンスプレート(ナンバープレート)は?」


「同じでした。売る前に、戻したんじゃないでしょうか」


 実は、ヨハンの行ったナンバープレートの細工は極めて単純なモノで、プレート(背景)と同じ色のビニールテープで8を3に変えただけだった。

 これには、フレデリカも驚き、


「幾らなんでも、それ怪しくない? ライセンスプレートなら、買った方が……」


「確かに、ライセンスプレートは簡単に買えるが、警察も当然、そこはチェックする。もちろん、盗んだとしても同じだ」


「だからって……」


「大丈夫、お前が言うほど怪しくはない。至近距離でなければ、まず気づかれないさ」


「本当に?」


「あぁ、そういうモンだよ」


 こうして、誰にも気づかれることのないまま、最終的にビニールテープを外し、10ドルで売るまでに至ったのである。


 トニーの報告が終わり、電話を切ったのだが、再び、携帯が鳴る。


「トニー、どうしました? 他に何かありましたか?」


「いいえ、ヨハンのENが動きました!」


「場所は?」


「ニューオリンズ・セントラルシティです!」


「時間は?」


「20時ちょうどです!」


「ハモンド駅の捜査員は?」


「すでに、200名を待機させています。鉄道警察の方にも、連絡を入れますか?」


「やめておきましょう。フェニックスの二の舞は、ゴメンですからね」


 さて、ここまではおおむね予想通りです。

 ヨハン、勝負です!

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