第225話「背負った十字架の重さ」
ヨハンは、傭兵時代に様々な国の人間たちとチームを組んで来た。
その為、共通言語は
それは傭兵を辞めてからも続いていて、ゲーム内でのチャットにおいても有効になると考えたからだ。
ゲーム内には、早く打つ為に生まれた略語『AFK(AwayFromKeyboard 席を離れる)』のようなインターネット文化も吸収して行く上で、傭兵時代に覚える必要がないと考えていた言語・日本語が自由度が高く、本音と建前を使い分けることもあって、非常に会得し難いことから、暗号として最適だと考えるようになり、日常会話以上に学んで、パートナーであるフレデリカにも習得させていた。
ヨハンは流れ行く景色を見て、道を外れることなくサンノゼ国際空港まで監視カメラの多い大通りを選択するタクシードライバーに安心し、ようやく、フレデリカに真意を伝えるのだが、それでも選択した言語は日本語だった。
「解ったことが、一つだけある」
「なに?」
「使徒の中に、ユダ(裏切り者)が居る!」
インベイド本社で借りていたプライベートルームに戻った時の態度で、何者かに狙われているのだろうと察していたフレデリカであったが、ヨハンが使徒と言い切ったことには、疑問を感じざるを得なかった。
「どうして、そう言い切れるの? 盗聴くらいなら誰だって……」
「確かに、その程度のことなら社員として潜入させたスパイでも出来る。だが、使徒でなければ出来ないことや、知りえないことが幾つかあった」
「知りえないこと?」
「あぁ、地球の撮影範囲だ」
「でも、ペンタゴン(アメリカ国防総省)も同じなんだから、アメリカ政府関係者って可能性も……」
「それは、有り得ない」
「どうして?」
「犯人の立場になって考えてみろ。データ元は、インベイドなんだ。いつ、ラルフが考えを変えて撮影範囲を広げるか判らんだろ? それに、インベイドの元データを見ない限り、データが同じだなんて知りようがない。俺が犯人なら、間違いなく、インベイドに地球上の全てを写したデータがあるんじゃないかと疑う」
「そうだとしても、ハッキングして……」
「あの天才(ラルフ)が、それを許すとは思えん」
「じゃあ、誰だって言うの?」
「判らん! 誰だって、それを実行できる立場にある」
「ラルフやタイガーまで、疑ってるの!」
「可能性が無いとは言い切れん。だが、タイガーだけは違うと信じたい」
「それはそうでしょ、被害者なんだから……」
「違う。俺がタイガーを信じたいのは、そんなセンチメンタルな話じゃなく、ヤツがテロを予測していたからだ。だが、それすらも、ヤツの計画だったとしたら……」
「ヨハン! 幾らなんでも!」
「言い過ぎなのは、解ってる……」
それを虎塚帯牙から聞かされたのは、新作ゲームのテストプレイが終わる5日前だった。
就寝前に一人だけ呼び出され、そこに待っていたのは いつになく真剣な面持ちの帯牙だった。
「どうした? いつも
「ヨハン、君にお願いしたいことがある」
「なんだ?」
「近々、Extinvadがテロを起こすかもしれん」
「随分と物騒な話だな。しかし、ゲームが嫌いってだけで、そこまでするのか?」
「
「なんで、俺だけに話す?」
「参加メンバーに、スパイが居ないとも限らないからね」
「俺がそうだったら、どうするんだ?」
「その時は、私の見る目が無かったと諦めるよ」
「よく言うぜ。十分に調べた上だろ?」
そう言うと、ようやく帯牙から笑みが毀れた。
「で、俺に雅のボディーガードでもしろと?」
「いや、恐らく狙われるのは刀真だ」
「刀真が? 世界的なスーパースター(雅)より、ゲーム世界一(刀真)を狙うのか?」
「違う。狙われるのは、私の最高傑作の後継者(刀真)だ。幾つもの格闘術も学んでるから、刀真だけでも大丈夫だとは思うんだが、君が居ればその可能性は限りなくゼロに近いと思ってね」
「なるほど、了解した。暫くは、サンフランシスコに滞在するよ」
「ありがとう」
「ところで、刀真には話したのか?」
「いや、話してない。知れば、刀真は警戒してしまう。それが相手に伝わっては、ダメなんだよ」
「ちょっと待て! それって、
「そうだ。だが、これで一網打尽に出来る」
「はぁ~、アンタの恐ろしさが今、解ったよ。使徒たちが、アンタを必要とする訳だ」
「これも計画の為だ。刀真なら解ってくれる」
「おっと、言い忘れてたが、ボディーガード代は弾んでくれよ」
「もちろんだ」
タイガーの予想は、最悪の形で的中した。
結果的に、テロは失敗だったとも言えるが、失った代償は大き過ぎた。
これ以上、失わない為にも、俺がやるしかない!
何事も無く空港へ着いたタクシーにホッとしながらも、支払いの際に自分の危機意識の甘さを嘆いた。
全ての支払いをENにしていた癖が抜けておらず、ドルを持っていなかったのだ。
無賃乗車する訳にもいかず、仕方なく清算をスマートフォンで済ませる。
クソッ! 平和ボケが染み付いたか!
ENでの支払いは、場所が特定されてしまうじゃないか!
まずは、銀行で換金する必要があるな。
改めて身を引き締め直し、空港内のATMを探すべく歩き出した時、乗って来たタクシーが爆発する。
――ゲームやり過ぎて、
激しく燃え盛る炎の中、
フレデリカの手を強く掴み走り出したヨハンは、走って来た車を無理やり停車させ、後部座席の扉を開くと、フレデリカを無理やり押し込んだ。
「1万ドルくれてやる! この女をインベイド本社まで連れて行ってくれ!」
運転手にそう告げ、扉を閉める。
「ヨハン!」
「フレデリカ! お前は、インベイドへ戻って、ラルフの保護を受けろ!」
「嫌よ!」
「行ってくれ!」
車は、それに従って走り出したのだが、10mも進まない内にフレデリカが後部座席の扉を開け飛び出し、こちらへ駆け寄ってくる。
「馬鹿が! お前まで、失う訳には行かないんだ!」
「お願い、貴方の居ない世界は考えられないの。ヨハン、私を捨てないで……」
ヨハンは、大きな溜息を吐いた後、大粒の涙を流し、足元に
「解った。お前も連れて行く」
1万ドルという高額なお小遣いに未練のあった運転手は、左の窓から顔を出し「どうすんの? 乗るの? 乗らないの?」と聞いてきた。
「すまない、事情が変わった。100万ドルやるから、俺たちをメキシコまで乗せてくれないか?」
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