第224話「JUDAS」
2036年、ヨハン・ポドルスキーはテロ事件報告の後、フレデリカと共にインベイド本社に在るゲストルームに滞在していた。
それは、刀真と飛鳥の葬儀に参列する為なのだが、改めて事件の検証を行う為でもあった。
ブラックボックスに残された航空データを見ることで、何かが掴めると考えたヨハンは、第八使徒の物流王フレディー・デービスを通じて、アメリカ連邦航空局(FAA)から事件当時のフライトデータとコックピットボイスレコーダー、そして、パイロットを含む搭乗者全員の顔写真と個人情報を入手してもらうよう依頼し、それを待った。
時間が掛かるかに思えたのだが、データは葬儀の日までに間に合い、全てのデータが入ったUSBメモリをフレディーから受け取った。
「頼まれていたモノだ」
「すまない、助かる」
「また、俺の力が必要になったら、いつでも言ってくれ、協力させてもらう」
「ありがとう、その時は遠慮なく、お願いするよ」
だが、ヨハンはそれをポケットに仕舞うことなく、そのままラルフへと手渡す。
「急で悪いが、フライトデータをジオラマ用に変換してくれ。それから、乗客全員の身元を調べて欲しい」
「犯人だけでなくか?」
「あぁ。自爆テロを企てる人間のやることだ、死ぬまで見張るような
すると、横に居たローレンス・ミハイロフがラルフの肩を掴み、
「俺にもやらせろ! 身元調査は、俺とお前でダブルチェックで行こう。あと、万一の為にバックアップを取っておけ」
「解った。バックアップは、一応、使徒全員分用意しておく」
翌朝、先にフライトデータの変換が終わったと報告を受けたヨハンとフレデリカは、早速、インベイド社の最上階に在るジオラマへと向かう。
部屋へ入ると、そこにはマリア・アレンが居て、既にジオラマが起動されており、いつでも事件のデータが再生できるようにセットされていた。
「それじゃ、アタシは仕事があるからこれで。朝食も用意しておいたら、よかったら食べて」
ジオラマの席を見ると、二人分の
「ありがとう」
「終わったら、ジオラマだけは停止させておいてね。あとは、そのままにしてもらっても構わないから。それじゃ」
マリアは、ジオラマ用のタブレットと預かっていたUSBを渡すと、部屋から立ち去った。
コーヒーを一口含んだ後、ヨハンはタブレットを操作して、フライトデータを100倍速で再生する。
朝食を取りながら、再生を見守っていたのだが、機体はテロがあったと思えないほど、通常のルートを安定飛行し、何事もなかったかのようにサンノゼ国際空港へ到着した。
「何か判りそう?」
「ダメだな。サミュエルの逃走ルートが判ると思ったんだが……余計、判らなくなった」
「余計?」
再び、ジオラマを再生させたヨハンは、サミュエルたちがジェット機から飛び降りたと思しき場所で停止させる。
「おそらく、この辺りで奴らは降りた」
「え!? こんな所で?」
フレデリカが不思議に感じるのも無理はなく、その付近にはパラシュートで降りられるような島が存在しなかったからだ。
「そうだ。範囲を半径100kmに広げても、それらしい島も無い」
「泳ぐなんて無理だし、ということは、仲間の船が居たってこと?」
「その可能性が高いな。二度手間になるが、もう一度フレディーに漁船か不審船が、事件当時この付近に居なかったか、FAAに聞いてもらうか……」
「それにしても、陸から遠過ぎない?」
フレデリカの指摘する通り、予想される着地地点はアメリカ大陸からもハワイ島からも2000km近く離れていた。
「確かに、お前の言う通りだ。用心深いにも程があるな」
地図を縮小すると、距離が近いような錯覚を起こすことがある。
長くオペレーターをしていたフレデリカだからこそ、その錯覚に陥ることが無かったのだ。
本来の尺度を取り戻したヨハンは、改めて考え直した。
「フレデリカ、最高速の船は時速何kmだ?」
「確か、51ノットだから……時速で言うと、およそ95kmってところね。でも、あれは目立つから、使うなら漁船じゃない?」
「それだと、どうなる?」
「それで考えると、飛ばしても平均で20ノットくらいだと思う、時速に直すと37kmくらいね」
「そうなると、最短でも陸まで3日か。事件を起こしたなら、現場から一刻も離れたいところだが……いや、全員殺すつもりだったんだ、それを気にする必要はないか……だとしても、やはり、引っ掛かるな」
なぜだ?
なぜ、2時間前に仕掛けた?
ここまで離れる必要性って、なんだ?
「フッ、軍艦でも居たのかよ」
自分で言っておきながら、鼻で笑うようなツマラナイジョークだったのだが、その時、
慌ててスマートフォンを取り出すと、ラルフへ電話を掛けた。
「ラルフ! 確か、地球上のデータを常に撮り続けてんだよな?」
「あぁ、そうだ。それが、どうかしたのか?」
GTWの地上を形成する為、常に最新の情報を録画している。
また、そのデータは、GTWなどゲームに限らず、軍事や車のナビゲーションマップとしても活用されており、マップをサブスクリプション化することにより、莫大な収益を上げていた。
ヨハンは、緯度と経度をラルフに伝え、その半径500km以内の当時の映像を依頼したのだが、
「すまない、そこは範囲外だ」
「範囲外?」
「あぁ、撮影している範囲は、陸上から500海里(926km)までなんだ」
インベイド社は、ウェザーニュース(天気予報)も手掛けていたが、気候データとしては残しているものの、海上の撮影までは行っていない。
それは、海上データが地上データに比べ、変化が起こり難くく、また、金にもならないからだ。
地殻変動によって島が隆起したり、政府や企業に依頼されたり、人工物でも現れない限り、海洋だけのエリアは撮影しないことにしていた。
「ペンタゴン(アメリカ国防総省)のデータも同じか?」
「あぁ、あれもウチのデータだからな、同じだ」
「そうか……」
「なにか判ったのか?」
「いや、全く。俺たちは、別ルートからサミュエルを追ってみる。ということだから、これで失礼するよ。世話になったな」
「まだ、搭乗者のデータを渡してないぞ」
「あぁ、それはまた日を改めるよ。もし、犯人以外で怪しい人物を見つけたら連絡してくれ」
「了解した。じゃあ、そっちも、何か判ったら連絡してくれよ」
「あぁ」
電話を切った後、ヨハンはジオラマを停止させ、ゲストルームへ戻るや否や、フレデリカを抱き寄せた。
咄嗟のことに驚いたフレデリカだったが、指で背中を叩かれているのがモールス信号だと気づく。
必要最低限の荷物だけ持って、此処から出るぞ!
突然のことに、思わず部屋に何か仕掛けられているのかと、思わず首を振りかけた瞬間、ヨハンは口付けることで、その動きを止める。
ゴメンナサイ。
フレデリカが、ヨハンの背にそう打ったことで、ようやく、唇が解放される。
少し物足りなさそうな表情を浮かべるフレデリカであったが、ヨハンの冷たい視線がそれ以上を許さない。
財布とスマートフォン、そして、動き易いようにジーンズとスニーカーに履き替え、ヨハンと共にインベイド本社を後にした。
二人は大通りに出て、タクシーを捕まえると、行き先を告げる。
「サンノゼ国際空港まで行ってくれ」
しばらくは、流れる風景を黙って眺めていたヨハンだったが、ようやく、その重たい口が開かれる。
「解ったことが、一つだけある」
「なに?」
「使徒の中に、ユダ(裏切り者)が居る!」
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