第219話「親のシツケ」

 2031年、サンフランシスコ。

 第7次GTW終結宣言も終わり、参加者たちは後夜祭を楽しんでいた。

 久しぶりの再会に近況報告をする者、GTWにおける戦術や戦略の議論を交わす者、ビュッフェ形式に用意された食事やお酒を嗜む者、四方八方から流れてくる様々な言語の笑い声に包まれながら、父親に手を引かれ歩く、幼い真凰まおの姿が在った。


 父親の優勝者インタビューでマイクを奪い「アタチが、パパをたおちて、ちぇかい、いちいになりまちゅ!」と言ったことで、プレイヤーたちの間で真凰はアイドル的な存在になっており、人と擦れ違う度に「世界一になってね!」や「パパなんて、やっつけちゃえ!」と声を掛けられ、真凰も嬉しそうに「うん!」と頷いては、手を振っていた。


 GTW終結宣言の会場となっているインベイダーズ・グランド・アリーナは、eスポーツ専用として建てられた競技場で、GTWに限らず、様々なゲームタイトルの世界戦や新作ゲームの発表会にも使われていた。

 その収容人数は、およそ2万人ほどで、本日行われているこのイベントも、プレイヤー及び取材陣の数を合わせると1万人を超えており、そんな中から、携帯電話を持たない人間を見つけるのは、至難の業だった。

 トイレに行って来ると言ったっきり、40分経っても戻らない飛鳥を心配して、向かったトイレへ行ってみたのだが、既に出た後のようだった。


「真凰、ママ居た?」


「いなーい」


「全く、アイツは何処へ行ったんだ?」


「まったくだよねー」


 周辺に居た人に「シリアルキラーを見なかったか?」と尋ねてみたのだが、既に45分が過ぎていただけあって、誰もその行方を知らず、やれやれ困ったものだと二階を見上げた。


 仕方ない、やるかー。


 絶対数感を持つ自分と娘なら、1万人の中からでも、飛鳥を検索できると考えた刀真は観客席のある二階へと上がり、真凰を抱き上げ、会場を指差した。


「この中から、どっちが先にママを見つけられるか競争だ。よーい、ドン!」


 ――2分後。


「居たーッ! あちょこ! 真凰の勝ち!」


 刀真は「負けたぁ~」と言って、真凰を降ろそうとするのだが、抱きついて離れない。


「降りてよ」


「イヤ! パパ、まけたんだから、だっこちなきゃダメでちょ!」


「えぇ~! じゃあさ、ママのとこまで競争は?」


「ダーメ!」



 一方、すぐ戻るつもりで何も持たずにトイレへ向かった飛鳥だったのだが、出て来たところで桃李ゲーム部時代の後輩とばったり出会い、その流れのまま、ゲーム部OGたちが集った場所で話し込んでしまっていた。

 あと飛鳥まで5mのところで、真凰が「パパ、おろちて」と言ったので降ろすと、真凰は飛鳥へと駆けて行き、その袖を引っ張る。


「もぅ、ママったら! ウロチョロちちゃ、ダメでちょ!」


 いつも買い物で、娘に言う台詞を真似され、苦笑いする飛鳥。

 すると、横に立っていた南城紬なんじょうつむぎが、真凰を見て茶化し始めた。


「おぉ、これはこれは、次のチャンピオンさんじゃないですか!」


「オバちゃん、ちっちゃいね」


「アンだと? クソガキ! テメーの方が、小っせーじゃねーか!」


 大人気おとなげない発言をしながら、つむぎが真凰の頭を鷲掴みにする。


「いたぁーーーい!」


「おい、南城!」


 刀真が慌てて駆け寄り、紬の右手を払いのけ、真凰を抱き上げる。


「軽く掴んだだけだよ。それより、元教師なら、テメーのガキくらいしつけとけよ!」


「相変わらず、口が悪いなぁ、お前は」


「先生のご指導の賜物たまものですよ」


「そんな記憶は無い!」



 会ったのは、あの一度きりだったんだがな、覚えてやがったとは……、


 だが、このまま戸惑う訳には行かないと、筒井らしく説教を始める。


「てめぇー! 今、なんつったーーーッ!」


 その怒声でスイッチを押されたかのように、香凛かりんが慌てて止めに入る。


「ダメだよ! 先生、小さいの気にしてるんだから!」


 火に油を注いでどうすんだよ、上杉!


 香凛に任せられないと感じた右京が、その間に割って入ると「先生、すみません。ちょ~っと、いいですか~」と言いながら、部室の外へと押し出し、扉を閉めた。


「もぅ勘弁してくださいよ! 閃堂さんが必要なんでしょ!」


「解ってる、だが、あそこはあぁするしかなかった。アタシがアイツを知ってちゃイケねーんだよ。悪かったな、助かった」


 一方、部室内では、香凛が眞鳳に注意を促していた。


「アタシも前に、足届くんですかって煽ったことあるから、気持ちは解るんだけど、でもね……」


 だが、眞鳳の方は、それどころではなかった。

 不用意な発言で、自分の正体が気づかれるところだったからだ。


 覚えてなかったみたいね。

 そっか、アタシ、あの時、3つだったから……、

 それにしても、なんであの人が此処(香川)に?


「……という訳なのよ、解った?」


「え?」


「え、じゃないでしょ」


「あ、ゴメン。知ってる人に似てたから、つい……」


「そうなの! な~んだ、早く言ってよ! アタシみたいに煽ったのかと思ったわよ」


 あ、煽った?


 安心した香凛は、入り口へ駆け寄り扉を開くと、


「先生が知ってる人に、似てたんだって!」


 本人なんだがな。


 筒井は心の中でそう呟き、再び、部室へと入る。


「すみません、知り合いのオバサンに似ていたもので……」


 お、オバ!

 3つのガキが、22をババアだと思うのは仕方ねーが!

 13のテメーが記憶を辿って、22をババア呼ばわりすんのは!!

 イカン、落ち着け!


 低い沸点をなんとか力で捻じ伏せながら、その怒りの矛先を亡きお恩師へと向ける。


 ガキのしつけ、しとけっつっただろーッ!

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