第218話「三つ子の魂、百まで」

 香凛かりんは、授業が早く終わらないかと待ち侘びていた。

 それというのも、友達とはいえまだまだ距離を感じる眞鳳みおがゲーム部にやって来るからだ。

 とはいえ、願ったところで時の過ぎ方は同じなのだが、それでも教室に掛けられた時計の針ばかりを見つめていた。


 教師という生き物が生徒に回答を求める際、日付に合った出席番号の者を指名したり、自信なく視線を逸らした者を狙い撃ちする習性があるのだが、黒板中央の上に位置する時計を眺めていた香凛の視線は少し高いものの、真面目に授業を受けているようにも見え、悉くその災厄から逃れていた。

 このまま運良く放課後まで持ち堪えるかと思われた、5時限目。

 黒板の高さ3分の2以上に手が届かない国語の教師が、それに気づく。

 筒井は、ゆっくりと香凛の背後から近づき、視界を塞ぐように顔を覗き込んだ。


「テメー、どこ見てんだ?」


「こ、黒板です」


「黒板に、なんて書いてる?」


「えッ?」


「え? じゃねー! 時計ばっか見てんじゃねー!」


 そう言って、教科書で香凛の頭をはたいた。


「上杉、立て!」


「はい!」


「教科書の12ページ、1行目から読め!」


「は、はい。親譲りの無鉄砲で、小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分、学校の二階から……」


 その朗読は、チャイムが鳴るまで続けられた。

 香凛は、急いで教科書をカバンに詰め込むと、教室を出たばかりの筒井へ駆け寄った。


「先生! 部室の鍵を!」


「えらく、ヤル気満々だな。ホラよ」


 ジャージのポケットから部室の鍵を取り出した筒井は、香凛へと放り投げた。

 香凛は、鍵を受け取るや否や、眞鳳のFクラスまで駆け出した。


「コラッ! 廊下を走るな!」


「すみませーん!」


「全く……」


 Fクラスに着いた香凛は、眞鳳に気づいてもらおうと、両手を目一杯振る。

 それに気づいた眞鳳は、足早に香凛に近づき、溜め息交じりに「空港のお出迎えじゃないんだから」と漏らした。


「迎えに来なくても、良かったのに」


「え? 部室、知らないでしょ?」


「まぁ、そうだけど……ありがとう」


 以前までの眞鳳なら、構内地図を見れば行けると言っていただろう、だが、今は素直に礼が言えるまでになっていた。


 体育館の裏へ入り、人気ひとけが無くなったところで、香凛は昨日した質問の答えが気になり、不安に思いながらも思い切って聞いてみることにした。


「あのさ、嫌なら答えなくても良いんだけど……」


「なに?」


「昨日した質問の答えをね……」


「昨日の質問?」


「ほら、スカーレットと対戦したことある?って質問」


「あぁ! そう言えば、答えてなかったわね」


「い、良いんだよ、嫌なら答えなくても」


 香凛がここまで卑屈になっているのは、もしかしたら、自分と同じように眞鳳もスカーレットに敗北し、本当はそれが原因でゲームが嫌いになったのではないかと思ったからだ。

 だが、返って来たのは、全く想像してなかった答えだった。


「GTWで対戦したことはないよ。実はね、スカーレットとは、エレメンターリーの頃に……」


「え、え、えれめん?」


「あぁ、日本で言うところの小学校。そこで、友達だったのよ」


「なぁんだ、そうだったんだ。だから、プレイも見てみたくなったのね」


「うん」


 部室の前には、まだ誰も居らず、香凛はスカートのポケットから鍵を取り出して回すと「どうぞ」といって扉を開け、眞鳳を先に入室させた。

 部屋の明かりが灯り、眞鳳は左右に3台ずつ並べられた筐体を眺めながら、奥のジオラマへと歩き出す。


 筐体は、少し小さくなってる。

 ジオラマは……サイズは変わってないのに、小さく感じるわね。


 それもその筈で、眞鳳が最後にジオラマを見たのは5年前の8歳の時、ジオラマが小さくなったのではなく、自分が大きくなったからで、それでも、ジオラマのサイズが変わってないと言い切れるのは、親譲りの絶対数感があるからだ。


 ジオラマを起動させたタイミングで、右京と陽が入室する。

 右手を挙げ「おぅ! 来たんだ」と挨拶する右京、それに眞鳳も右手を挙げ答え、陽は「ようこそ、ゲーム部へ」と微笑んだ。


「んじゃ、俺たちは先に課題を済ませておくな」


 部長である香凛にそう報告すると、二人はカバンをジオラマに備え付けられている椅子(自分の席)に置き、筐体へと向かった。


「貴女は、課題とかないの?」


「香凛!」


「あぁ、ゴメンゴメン、香凛は課題ないの?」


「大丈夫、先に済ませたから」


「先?」と言って視線を筐体に移動させる。


「忘れたの? アタシ、今、オペレーターだからよ」


「あ! そっかー、忘れてた」


 正確には、忘れたと言うよりも、その頃は仲が良かった訳でもないので、話半分に聞いていたからだ。

 眞鳳は、タブレットを操作し、スカーレットのデビュー戦から起動させる。


 え? オバちゃんと対戦?


「え! いきなり、東儀雅と対戦してんの!? うわぁ! イチマルに乗ってる!」


「みたいね……」


 イチマルに、スノードロップかぁ、スーちゃん使えるのかな?


 GTX1000がマーケット・ストリートを転がる。


「やっぱり、スカーレットでもイチマルには乗れないのかぁ……」


「ううん、慣れてないだけ、スーちゃんなら出来る」


「スーちゃん?」


「あ!」


 反射的に渾名を呼んでしまったことに焦ったが、既に友達と公言したのだから、隠すこともないだろうと説明する。


「スカーレットの渾名よ」


「あ、そっか、友達だもんね。うわぁ! レーザー殴り返した!」


 スーちゃんなら、その位、出来る。

 でも、ここからね。

 やっぱ、オバちゃん巧いな。

 アクセルの段階踏みも出来てきたけど……


「あ! イチマルに慣れてきた?」


「うん、でも、きっと、オバ……」と言ったところで軽く咳き込んだ後、続けて「東儀雅なら、ビル群に誘い込む」と予想した。


 眞鳳の予想は、見事的中し、ビル群へ誘い込まれたスカーレットは呆気なく撃墜され、ゲーム終了となった。


「スカーレットでも、やっぱり、東儀雅には勝てないかぁ。でも、デビュー戦だし、今使ってる機体だったら、もっと戦えたかもね」


「いや、今の機体なら、もっと早く終わらされてる」


「え!」


「逆に、本気にさせちゃうからよ」


 あのオバちゃんが、後半、少し様子見してたのが気になる。

 あれ? これってテストモードよね?


「あのさ、なんで、履歴にテストモードが……」


 眞鳳がそう尋ねた時、ゲーム部顧問が部室へと入って来た。

 筒井は、眞鳳を見て、一瞬、顔が強張こわばる。


 言っとけよ、ガキども!!


 という視線を課題を終えた右京と陽に送った後、平常心に戻り、


「お? ようやく、一人見つけてきたか!」


 それに対して、香凛が慌てて、両手を左右に振りながら否定する。


「せ、先生、この子は違うんです!」


「違う? 何がだ?」


「この子は、入部するんじゃなくて……」


 ズカズカと近づいてくる筒井に、香凛が状況を説明をしようとする横で、眞鳳が溢すようにボソッと呟く。


「ちっちゃい、オバちゃん……」


 ッチ! 覚えてやがったか!

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