第217話「ともだち」

 申し訳なさそうな表情で、ゲーム部への入部を断る閃堂眞鳳せんどうみおに、近藤陽こんどうひなたは笑顔でそれを受け入れる。


「いいの、気にしないで。なんとなく、誘ってみたくなったの」


 筒井の指示通り、あくまで眞鳳の勧誘は、上杉香凛うえすぎかりんに任せるつもりでいる。

 しかし、同時に『自然に振舞え』とも言われていたので、会話の流れに自分らしさを乗せた結果の勧誘だった。


「質問する向上心、そして、部員の勧誘。ヒナちゃん、副部長としての自覚が芽生えたようね! それに引き換え、アンタは食べてばかり!」


「夕飯に、食堂でメシ喰って、なにが悪いんだよ!」


 再び、始まった香凛と右京の言い争いに、眞鳳が茶々を入れる。


「もぅ、止めなさいよ、夫婦喧嘩は!」


 その一言で、二人の怒りのベクトルは、一気に同じ方角へ。


「ちょっと! なんでこんな奴と夫婦なのよ!」


「そうだよ! どう見たら、そう見えんだよ!」


「いくら親友でも、その発言は許されないわよ!」


 だったら、友達、辞めたら?


 咽喉の近くまで来ていた言葉だったが、吐き出さずに飲み込んだ。


 祖母は『お婆ちゃんが家で教えられるのは、小学生までだからね』と言ってはいたが、今の時代、インターネットで学ぶことも出来るし、父と母が残した財産を考えれば、仮に高額の家庭教師を雇うことでさえ、贅沢とは呼べない。

 口には出さないが、恐らく、祖母の真意は『友達を作りなさい』なのだろう。


 何かの切っ掛けで、正体を知られてしまうかもしれない。


 そう危惧した眞鳳は、クラスメイトに限らず、教師に至るまで、必要最低限の会話しか交わさなかった為、入学から一ヶ月が過ぎた今でも、クラスでは孤立していた。

 自ら進んで、その位置に立ち、6年間、目立つことなく大人しく過ごすつもりでいたのだが、こうして今、目の前に図々しくも『友達』と言い張る三人組の中に入っていると、忘れていた居心地の良さを思い出し、言葉を詰まらせたのだった。


「閃堂、俺からも質問いいか?」


「言われたからって、なに急にヤル気出してんの?」

 

「うるせーなー、オメーは!」


「いいわよ、なに?」


「閃堂ってさー、帰国子女なの?」


 予想だにしない質問であっただけに、返事よりも疑問が先に出た。


「え!? な、なんで?」


 少し動揺を見せる眞鳳を気遣って陽が、先にその答えを告げる。


「英語の発音が良いからよ」


「あぁ……」


 ――それだと、RUB(揉む)だよ、ママ!


 父の発音は問題無かったが、母の方はカタカナ英語が抜けておらず、度々笑って指摘したのを思い出した。


「ねぇ? 何処に住んでたの?」


「え、えーっと……か、カナダ!」


 不自然な咄嗟の嘘だったのだが、特に三人は疑問に感じておらず、巧くやり過ごせたかに見えたが、これが思いもよらぬ展開を招く。


「え!? じゃ、スカーレットと対戦したことある?」


「スカーレット!?」


「そう、北米代表の」


「スカーレットって、スカーレット・イングラム?」


「え? 知らないの?」


「ゴメン、ちょっと、スマートフォン貸して」


 言われるがままに、香凛はスカートのポケットからスマートフォンを取り出すと、眞鳳に手渡した。

 受け取った眞鳳は、GTWのアプリケーションを起動させ、検索欄に【SCARLET】の文字を打ち込んだ。


「え? 閃堂って、スマホ持ってないの?」


「そんな訳ないでしょ、アプリケーションを入れてないだけよ」


「え? 入れれば良いじゃん」


 空気を読めない右京の左手をグッと掴んだ陽は、そのまま食堂の隅まで連れて行くと、こんこんと説教を始める。


「ゲーム嫌いだって言ってるのに、入れる訳ないでしょ!」


「そうでした、すみません」


「もっと、慎重に!」


「はい、気をつけます」


 何度も頭を下げてる右京に、香凛は大きく溜め息を吐くと「ゴメンね、デリカシーの無い奴で。でも、悪気は無いと思うから、許してあげて」とフォローした。


「いいのよ、別に気にしてないわ」


 眞鳳がスマートフォンにGTWのアプリケーションを入れないのは、ゲームが嫌いになったという理由よりも、GTWが網膜認証方式のログインを採用しているからだ。

 その為、1人に対して得られるアカウントは1つであり、かつて、GTMを作成する為に登録だけを行っていた真凰まおの網膜データは、既にインベイド社のサーバーに在り、ログインすれば間違いなく、現在の居場所を特定されてしまうからである。


 スカーレットの機体を中心に視点を固定させると、眞鳳は再生を始める。

 押したと同時に、トンでもない速度で過ぎ去る景色の中、その機体は全方向に立ちはだかる敵機を次から次へと墜として行く。

 それはさながら、打ち上がる花火のように、レーザーが行き止まった先で花を咲かせる美しい光景だった。


「す、凄い……」


「貴女でも、凄いと思うの?」


「えぇ……」


 一つも撃ち漏らさないなんて、スーちゃん、強くなったね。


「ねぇ、そんな小さな画面じゃなくてさ、ジオラマで観てみない?」


「えっ……でも……」


「入部しろなんて、言わないよ。観るのが嫌って言うのなら、アレだけど……」


「観たい!」


「うん、じゃ、明日、放課後」


 眞鳳は、GTWのアプリケーションを終了させ、香凛へスマートフォンを返した。


「上杉さん、ありがとう」


「香凛でいいよ。その代わり、アタシも貴女のこと、眞鳳って呼ぶわ」


 もしかしたら、この三人なら、

 アタシの正体知っても、黙っててくれるかも?


 眞鳳は、心の中で友達に付けられた(仮)を外すのだった。

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