第216話「ゴリラ」
心機一転、本格的に動き出した究道学園ゲーム部。
その部長である
親友を自称する香凛ではあったが、ゲームが嫌いだという眞鳳に気を使ってか、夕飯時以外で相談することはなかった。
一方、その親友を
「という感じなのよ……」
ようやく終わったところで、少し不満そうな表情を見せる。
「なに? アンタ、まだ一週間も経ってないのに、もう不満なの?」
「不満ってことじゃないのよ。ただね……」
「ただ?」
「アタシの特訓は厳しいぞって言ってた割には、ちょっと物足りないなぁって」
「仕方ないんじゃないの? 今は知識を広げることと、初心者の指導なんでしょ?」
そう言って、香凛の右横に並んで座る右京と陽を指差した。
「まぁ、そうなんだけどさ……」
顧問である筒井は、まだ指導らしい指導を行っておらず、また、右京と陽の指導に関しても筒井ではなく、香凛が行っているのである。
「方針は、間違ってないわよ」
「アタシが教えることで、アタシの復習にもなるからでしょ?」
「解ってるんじゃない」
「解ってるんだけどさ……操作できないって、なんだかもどかしいのよね」
「ある意味、厳しいんじゃない?」
「あぁ、もぅ! 早く一人前になってよね!」
そう言って、横に座る右京の背中を激しく叩いた。
すると、口に入れたばかりの人参が押し出されたように空を飛び、床を転がる。
「きったないわねー!」
「誰の所為だよ!」
「アンタでしょ?」
「ハァ?」
「軽く叩いただけなのに大袈裟なのよ、ア・ン・タ・は!」
右京は溜め息交じりに「あぁ~、ヤダヤダ」と溢し席を立つと、床に転がった人参を拾い、それをゴミ箱へ。
再び、元の席に戻るかと思ったら、テーブルの反対側から自分の食事が乗ったトレイを引っ張り、陽の対面に座ると、陽へ注意を促した。
「ヒナタちゃん、叩かれないように気をつけて」
「バッカじゃないの! 女の子を叩くわけ無いでしょ!」
「うわっ! 男差別かよ!」
再び、香凛と右京の言い争いが始まるかに見えたが、それを割るように陽が眞鳳に話し掛ける。
「あの~」
「なに?」
「私も質問していい?」
「どうぞ」
「あのね、私、ゲームでね、体が動いちゃうんだけど、それってマズイかな?」
「動くレヴェルにもよるけど、基本的には動かない方がいい。それは、何故だか解る?」
そう問いかけた相手は、対角に座る陽ではなく、対面に座る香凛。
「えッ! え~っと……」
即答できない香凛に代わって、答えを思いついた右京が口にする。
「動くと視界が変わるから?」
「半分、正解」
「ちょ、ちょっと、アンタ! なに勝手に答えてんのよ!」
「じゃ、もう半分、答えろよ」
「え! あ、アタシも、アンタと同じ答えだったのよ……」
「ホントかよ……」
「ホントですぅー」
再び、言い争いが始まったのを呆れながら、陽が制止する。
「もぅ! そ・ん・な・こ・と・よ・り! 残りの半分って、なんなの?」
「もう半分ってのが、実は厄介でね。体の動く人って、力が入ってることが多いのよ」
「操縦桿を壊しちゃうってこと?」
すると、眞鳳は「ゴリラじゃないんだから」と突っ込んで笑い出した。
初めて眞鳳の笑顔を見た右京は、もっと笑わせてやろうと、操縦桿を動かすように腕を振り「ウホッ!」と叫ぶ。
「ちょ、ちょっと止めてよ!」
眞鳳が笑いのツボにハマったのを見て、今度は香凛まで「ウホッ!」と言い出し、仕舞いには陽まで「ウホッウホッ」言い出した。
「ちょ、ちょっとアンタたち! こ、答え聞かなくていいの?」
眞鳳が落ち着こうと、お茶を口に含んだ瞬間、右京がトドメを刺す。
「あ! そうだった! で、なんで力入っちゃダメウホか?」
勢い良く噴出されたお茶が、香凛の顔面に直撃する。
「あ……ゴメン……」
「いいわよ、このくらい。親友なんですもの」
そう言って、貰ったハンカチで顔を拭う。
いつの間にか昇格していた親友という名の称号を拒否したいところだったが、お茶を吹き掛けてしまっただけに言い辛い。
「で、何がダメなの?」
「中には、そんなゴリラも居るかもしれないけど。そういうことじゃなくてね、力が入るって事は、それだけ、オーバーランする可能性が高いの」
「オーバーラン? 余計に走っちゃうってこと?」
「それだけじゃなくて、斬ったり、撃ったりも含めた動作の全てがオーバーしてしまうってこと」
「つまり! 本当なら、口から零れる筈の無かった人参がオーバーなリアクションの所為で、床まで転がったってことね!」
「ちげーだろ! 加減知らずのメスゴリラが強く背中を叩いたから、床まで転がったんだろーが!」
「もぅ! 止めなさいよ!」
「ゴリラが二匹で貴女も大変ね」
「手伝って貰えると助かるんだけど、ダメかな?」
陽の突然の誘いに、言い争っていた香凛と右京が凍ったように静止する。
「ごめんね、入部は出来ないわ」
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