第215話「友達じゃない」

 究道学園の真の姿は、桃李成蹊学院であるのだが、その姿は校舎や様々な設備の外観だけでなく、学習カリキュラムなどの内部に渡るまで、全くの別モノになっている。

 それは、桃李サンフラシスコ校のエレメンタリー部(小学部)に通っていた真凰まおに気づかせない為でもあるのだが、桃李と同じモノを使うということは、つまり、使徒関連企業を使うこととなるからで、物流などから使徒の、特に東儀雅の耳に入ることを懸念した為でもあった。

 その徹底振りは、異常と呼べるほどで、ネジ一本として同じメーカーを選択することはなかった。


「タイガー、そこまでする必要があるの? 足が付かないように、幾つも下請けを挟んでるのよ」


「すみません、使徒以外でお願いします」


「どうして?」


「まだ、言えません」


「アタシにも、言えない事なの?」


「すみません、米子さんを信用していない訳じゃないんです。俺を信じてください。この件が片付いたら、必ず説明します」


「解ったわ」



 学園内および学生寮における食堂システムも、生徒に体型の自己管理を学ばせる為、敢えて好きなモノを選べるようになっている桃李とは異なり、栄養士が考えたメニューによって、食事は管理され統一されている。

 もちろん、アレルギーや宗教上の理由で食べれないモノがある生徒にも配慮しており、事前アンケートにより、その生徒の食事は調整されていた。

 また、万が一、アンケートの記入漏れや調理手違いなどを考慮して、食堂の入り口横の壁面には、大きなホワイトボードが貼り付けられており、朝昼夕三食の週間予定表が材料込みで記入されている。


「今晩は、炊き込みご飯と太刀魚の塩焼きかぁ~」


 食堂に入って、配給カウンターへと向かう右京とひなたの視線の先に、香凛が身振り手振りを駆使して、閃堂せんどうに話し掛けている姿が映った。


「ゲッ!? いきなりかよ!」


 あんなに揉めた後だから、当分の間は無いだろうとたかくくっていただけに、こんなにも早くミッションが訪れるとは思っていなかった。


 なんだよ、このクソゲー!


 そんな愚痴を心の中で叫けびながら、どう対応するべきか悩んでいると、横に立っていたひなたも、心配そうに小声で話し掛けてきた。


「ねぇ、どうする?」


「自然にって、言われたからなぁ。俺が知らなかったとしたら、どうするかだよね?」


「そうなると、やっぱり、止めに入るんじゃない?」


「うん、そうすると思うんだけど、なんて声掛けたらいいか迷ってね」


「止めとけよ、とか?」


「あぁ~、とりあえず、それで行ってみるか」


 心の準備も整わないまま、順番が回ってきて、夕食の乗ったトレイを受け取ると、ミッションクリアを果たすべく、そのクエスト(テーブル)へと向かう。

 近づくに連れ、閃堂が言葉を発することも、頷くことも、目を合わせることもなく、食事を続けていることに気づく。


 ガン無視されてるじゃねーか!

 つーか、コイツ、よく独り言続けられんな!

 すぐ帰って来たことといい、どんなメンタルしてんだよ!


「でね! アタシ、オペレーターをすることになったの!」


 そう自慢気に語ったのだが、返って来た声は後ろからだった。


「オイ! 上杉! 誘うの止めとけって言ったろ? ゴメンよ、また迷惑掛けたみたいだな」


 そう言って右京は、トレイをテーブルに置き、香凛の右席に座ると、陽もさらに右側の席に着いた。

 自分でも、なかなか良い入りが出来たと思っていたのだが、思いがけない答えが香凛から返って来る。


「誘ってないわよ」


「えッ!? そうなの?」


 閃堂は、不機嫌な表情で「えぇ、まぁ」と答えた。

 右京の想定では、無理に誘う香凛の手を掴んで他のテーブルへと向かい、軽く説教をして今回のミッションを終えるつもりだったのだが『誘ってない』という予想外のトラブル発生に戸惑った。

 とはいえ、その表情からは『迷惑』の二文字がにじみ出ている。


 なんて言えば良いんだ?

 あ、あとが、続かない……。


 隣でアタフタする右京を気にすることも無く、香凛は話しを続ける。


「ねぇ、優秀な顧問だと思う?」


 え? なに聞いてんだ、コイツ?


 聞かれた閃堂は、面倒臭そうに「優秀なんじゃない?」とだけ答え、食事を続ける。


「そう! やっぱり!」 


 いや、今のはどう聞いても、

 優秀かどうかなんて、アタシに関係無いって感じの疑問系だったぞ!


 だが、それを口に出せば、妙なこじれを起こしそうな気がして、おいそれと言えない。


 一体、コイツは何を聞いてんだ?

 あ! それは聞いても良いのか!


「一体、何の話ししてんだよ?」


「え? あぁ……顧問が優秀かどうかの答え合わせよ」


「先生が優秀かどうか? で、優秀だったと?」


「そうね」


「つーかさ、二度と私の前に現れないでねって言ってたのに、どういう展開だよ」


 思わず、口から飛び出したボヤキは、耳を疑うような答えとなって返ってくる。


「アタシたち、友達になったの」


 身に覚えの無い友達宣言をされ、ようやく、香凛の眼を見る。


「ハァ? なってないけど!」


「えーッ! アタシたち、友達じゃない!」


「友達じゃないわよ!」


「うっそーッ! ハンカチだって貰ったじゃない!」


「それは、アンタが鼻を……」


 呆れながら、眞鳳みおがその理由を述べようとした時、少し離れたところから、見覚えのある声が近づいて来た。


「あらあら、ま……じゃなかった、眞鳳みおちゃんお友達?」


 自分で注意しといて、早速間違えた祖母に警告のつもりで、語気を強める。


「おばあちゃん!」


 もぅ!

 せめて『じゃなかった』は、心の中で言ってよー!


 だが、それに誰かが気づくよりも早く、自分も何か言わないとイケナイと感じていたひなたが言葉を発した。


「寮母さんって、閃堂さんのおばあちゃんなの?」


 何気なく投げ掛けた疑問だったのだが、反射的に出してしまっただけに、トンでもないミスが潜んでいた事に気づいて焦る。


 あ、しまった!

 名前、言っちゃった!

 ど、どうしよう?


 この後、陽は『なぜ苗字を知っていたのか?』と問い詰められた際の理由いいわけを必死で考えていた為、全ての会話が左から右へと流れることとなる。


「えぇ、そうなんですよ。この子と仲良くしてあげてくださいね」


「はい!」


 祖母の手前、友達じゃないとも、友達にならないとも言えず、複雑な表情を浮かべる。

 そんな孫を見て、早苗さなえは微笑んだ。


 帯牙さんの言った通りね。

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