第214話「目的と目標」

「今、なんでもやるっつったな?」


 覚悟はしていたものの、改めてそう言われると、まだ『優秀な顧問』かどうか確証を得られてないだけに不安が残る。

 とはいえ、走り出した決意を今更覆す訳にも行かず、祈るような想いで黙ってそれに頷き、その次に発せられる指示を待った。


「じゃあ、当分の間、オペレーターでもしてもらうか」


 想定していた答えが出たことにホッとした香凛は、胸の前で右拳を握り「望むところです!」と応えた。

 もし、ここでゲームに関係のない掃除などの雑用を言われていたら『平凡な顧問』の烙印を押していたかもしれない。

 とはいえ、まだまだ安心は出来ない。


「随分と素直じゃねーか」


「強くなるためなら、なんでもするって決めたんです!」


「ほぉ~、いい覚悟だ」



 ――いいか、南城、指導者になるなら、


 筒井は、頭の中に現れた恩師に「解ってますよ、目的や目標は明確にしろでしょ?」と心の中で返事して、その教えを次の世代へと繋ぐ。


「まず、はじめる前に言っておく。あくまで、お前はドライバーだ。大会で、お前をオペレーターとして起用するつもりはない」


 また一つ、安心という名の階段を上った香凛であったが、筒井の次に発せられた言葉で停滞する。


「余程の事が無い限りな……」


「余程のこと?」


「既にお前は、プロのランカーではあるが、此処では単なるクラブ活動の一部員に過ぎない。もし、お前がオペレーターの方を望むのなら、それを尊重するってことだ」


「え? アタシにオペレーターの才能が無くてもですか?」


「あぁ、そうだ。本来、学校におけるクラブ活動なんてモンは、生徒にスポーツや文化などに親しませたり、人間関係の大切さを学ばせたりする学校教育の一環に過ぎないからな」


「でも、それだと勝てないかもしれないじゃないですか」


「その通りだ」


「クラブ活動をやる限りは、勝つことも大事なんじゃないんですか?」


「それは目標であって、目的じゃない」


「え? 何が違うんですか?」


「何も、優勝を目標に努力することを悪いと言ってる訳じゃない。だが、目的を優勝にしてしまうと、何よりもそれを優先にしてしまう為、勉学が疎かになったり、上手く出来ないことで体罰を加えたり、また、卒業してからも犯罪を起こす原因は、そこに潜んでるんじゃないかと、アタシは思ってる」


「う~ん? 言わんとしてることは、理解できるのですが……」


「何を悩む必要があるんだ。逆に、オペレーターとして才能が開花したとしても、お前がドライバーを望めば、ドライバーにする」


「えぇ~、でも、それって……」


「おいおい、まだ、解らんのか? 言い換えよう。アタシは、お前を尊重するのであって、お前の成績を尊重する訳じゃない。仮に、お前が勝ちに拘り、成績の方を選択するなら、それも尊重してやるって言ってんだよ!」


「あぁ~!」


「やっとか……」


 本音を言えば、望まれちゃ困るんだがな。


「で、お前にオペレーターをさせる理由だが、二つある。一つは、このゲームの知識を広げる為だ。どんな機体が在り、どんな武器や防具が在るのか、ただ、在る事を知るのではなく、実際に使ってみて、何が得意で何が苦手なのかを研究する。これは上杉だけでなく、お前たちもだ」


 突然、振られた言葉に戸惑いながらも「はい」と返事する右京と陽。


「覚えておけ、知識は力だ。下手な練習よりも、お前たちに力を与えてくれる」


「はい!」


「そして、二つ目が重要でな、棋譜の研究だ」


「キ・フ?」


「将棋の棋譜から来た言葉で、GTWにおける攻撃や防御時におけるフォーメーションであったり、地形を活かした戦術や戦略を考えたりする。お前のプレイデータを全て見たが……」


「えッ!? 全て?」


「あぁ、3倍速で見たが、結構な時間を喰われたよ」


「うっそ!」


「嘘じゃねー」


「幾らなんでも、3倍で見たからって、時間的に計算が……」


「お前が、此処へ願書を出した時からだ」


「えッ!? だって、まだ入れるかも、ゲーム部を作るかも判らないのに?」


「だったらなんで、お前らが部の申請する前に、シリアル機が此処に在るんだ?」


 すでに内情を知ってはいるが、知らない素振りを見せた方がいいと考えた右京が「た、確かに……」と下手な芝居で相槌を打つと、余計なことをするなとばかりに筒井がキィーッと睨み、右京の傍に立つひなたは、噴出しそうになるのを必死で堪えながら、誤魔化すように大きく咳き込んでいた。


 そんな三者三様の仕草を気に留めることも無く、香凛は質問を続ける。


「本当に、全部見たんですか?」


「しつけーな! お前を知ることによって、指導の方向が決められる。遠回りのように見えるが、お前に足らないモノを見つける一番の近道なんだ」


「アタシに足らないモノって、なんなんですか?」


「答えを急ぐな。順を追って説明してやる。お前のプレイデータを全て見た結果、お前の反射神経やプレイセンスが並以上なのは解った」


 並というワードに引っ掛かりつつも、大人しくそれを受け入れる。


「だが、お前には大きく欠けているモノがある」


 身に覚えのない欠点に、声が裏返る。


「大きく?」


「反射神経の良さにかまけて、行き当たりばったりのプレイが多過ぎる。しかも、下手に撃墜できてる所為で、リトルの世界戦でもチームプレイ無視して、単独行動ばかりだった」


 でも、一昨年は、それで優勝できた!


 そう言い返したくなる気持ちをグッと堪えた。

 昨年、スカーレットに敗北している為、言い訳にしか聞こえないからだ。


 あれは、アタシの所為じゃない!

 スカーレットなんていう天才が、突然、現れたからだ!


 そんな気持ちが、未だ心の片隅に残っていた。


「去年のリトル世界戦、アタシが監督だったら、勝たせてやったんだがな」


「えーーーッ!?」


「あの時のスカーレットもまた、お前のように反射神経だけで勝負してた。突ける隙は、幾らでもあった」


「本当ですか!」


「あぁ。ただし! あの時のお前が、素直に従えばの話だがな」

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