第213話「眞鳳」

 自分の膝にちょこんと座る愛娘は、ほぼ毎日のように自分のことが好きかを聞いてくる。


「ねぇねぇ」


「な~に?」


「パパわぁ、真凰まおのことぉ、ちゅき?」


 まだまだ、目に入れても痛くないほどに愛くるしいので、刀真としても飽きることなく、毎回「好きだよ」と答えていたのだが、今日はちょっと意地悪もしてみたくなり、ゆっくりと、もったいぶる様に答える。


「パパはねー」


「うん」


「真凰のことがねー」


「うん!」


「好きじゃなくてー」


「えぇぇぇ~ッ!!」


「大好きなんだよ!」


「もぅ! 嫌いって言うかと思ったでちょーッ!」


 刀真の胸を何度も叩く、真凰。


「叩かないでよ、大好きって言ったでしょ」


「いぢわるちたから、だ~め!」


「痛い、痛いってば」


「ぢゃあ、真凰とママ、どっちがちゅき?」


「それは、もちろん、ま……」


 即答しようとしたその瞬間、部屋の入り口でその様子をこっそりうかがっている飛鳥が見えた。


 危ねぇ~。

 殺し屋かよ!

 こえぇ~よ、飛鳥!


「えっ~と、え~っとね……二人とも、一番です!」


「一番は、一人だけでちょ!」


「違うよ、真凰。ママと真凰は、比べるモンじゃないんだよ」


「ど~ちて?」


「真凰は、ハンバーグもケーキも好きだろ?」


「うん」


「でも、ハンバーグはオカズだし、ケーキはオヤツだから、比べるのはおかしいよね?」


「うん? じゃぁ、二番目は?」


「お爺ちゃんとか、お婆ちゃんたちかな?」


「雅おばちゃんは?」


「雅おばちゃんや、帯牙おじいちゃんも同じ二番かな?」


「えぇ~! 二番も多いの?」


「うん、二番も多いね。でもね、一番は~、真凰とママだけだよ!」


「ぢゃあ、ぢゃあね、真凰が大きくなったら、パパのお嫁ちゃんになってあげる!」


「えーッ!? ホントにー! やったー!!」と大袈裟に喜んでいると、そこへ飛鳥がスタスタとやって来て、座っている刀真を後ろから抱きしめ、


「ダメよ、パパのお嫁さんはママなんだから、真凰はパパと結婚できません」


 すると、真凰はギャン泣きし始めた。


「オイ! 飛鳥ッ!」


 飛鳥は、舌を出して悪戯っぽく笑うと、再び、昼食の続きを作りにキッチンへと逃げた。


 全く……、

 父親なんてモンは、いずれ娘から嫌われるんだから、

 今だけでも、良い思いさせてくれよ。


 何とか泣きやませようと「パパみたいな人を見つけて、結婚すればいいんだよ」と、言ってみたものの「パパじゃなきゃ、ヤだモン!」と、更に泣かれてしまう。


 嬉しいけど、困ったなぁ。

 こんな時、なんて言えばいいんだ?

 お義父(東儀和正)さんに聞いときゃ、良かったよ~。

 あ! そうだ!


「真凰、パパと真凰は親子だから、結婚は出来ないんだけど、でもね、ずっ~と一緒に居るよ」


「じゅっと?」


「そうだよ、ずっ~と、一緒だ!」


「ホント?」


「本当だとも、約束する」


 そう言って、右手の小指を真凰へと指し出し、真凰はその指を自分の小指でからめ捕った。


「やくちょくだよ! 嘘吐いたら、針ちぇんぼんだからね!」


「解りました」



 閃堂せんどう眞鳳みおは、ベッドから身を起こし、軽く首を振ると、まるで吐息のように「嘘吐き……」と呟いた。


「あんな子と関わったから……」


 香凛に見せられたゲームの映像が過去の記憶を呼び起こし、夢として眞鳳に見せたのだ。



 今を遡る事、五年。

 テロによって、虎塚刀真と虎塚飛鳥の両名を失ったことから、ラルフ・メイフィールドは、万が一を考え、虎塚家・東儀家の両親族をインベイド社の保護下で暮らせるよう手配した。

 しかし、落ち着きを取り戻した虎塚真司であったのだが、その申し出を断ってしまう。


 その理由は、二つあり、

 一つは、安全性の高さよりも、狙われる危険性が高くなることを懸念した事。

 そして、もう一つは、東儀雅の執拗な訪問だった。


 雅の行動や言動には、目に余るものがあり、まだ両親を亡くして間もない小さな子供に「父の意志を受け継ぐのは、真凰の義務よ!」とまで言い出したのだ。

 もし、真凰がその気であったのなら、真司も応援したのだが、トラウマを抱えている小さな孫に、その行動や言動を見過ごす訳にはいかなかった。

 こうして、半ば夜逃げするような形で、妻の遠縁に当たる奈良の閃堂家に、その身を寄せる。

 ハッキングで居所を知られないように戸籍は触らず、また、真凰の学習に関しても、学校に通わせず、ホームスクーリング(在宅教育)を選択した。


 真司が亡くなり、家長となった虎塚早苗は、真司の四十九日が過ぎるや否や、精力的に動き出し、閃堂直継なおつぐの紹介で働き口を見つけて来たと思ったら、合わせて真凰を学校へ通わせる手続きまで済ませて来たと言う。


「え? アタシ、学校行くの?」


「お婆ちゃんが家で教えられるのは、小学生までだからね。あと、学校へ行くんだけど、その前に~真凰の名前を変えまーす!」


「えッ!? 名前を変えるの?」


「そう! 名前、そのままだったら、また、雅おばちゃんが来ちゃうかもしれないのよ」


「あぁ……」


「ということで、今日から真凰の名前は、閃堂せんどう眞鳳みおで~す。以後、間違えないように!」


 息子や義娘の名を残したいという想いから、旧字の『眞』と、名の由来から鳳凰の『鳳』を選び、読み方を変えた。


「読み方も変えるの?」


「インベイドの人たちだと、アルファベットで検索して見つけちゃうかもしれないでしょ! そんなことより! 実はお婆ちゃんね、働いたことないのよね~」


「へぇ~」


「楽しみだわ~」


「なにするの?」


「なんと! 真凰が生活する寮の寮母さんでーす!」


「間違えて、真凰って呼ばないでよ」


「あ! ホントだ! 気をつけなきゃ!」

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