第208話「竹馬の友」

 5年ぶりに姿を現した親友は、まるで連帯保証人でも頼むかの如く、地面に頭を擦り付けている。


「土下座なんてよせよ!」


「頼む、お前しか居ないんだ!」


 なかなか頭を上げない親友に、仕方なく話だけでも聞くことにした。


「とりあえず、受ける受けないは、話を聞いてからだ」


 痩せて見た目が変わったとはいえ、両親と同じ絶対数感を持つ真凰まおなら、例え整形したとしても顔のパーツバランスが変わらないため、現存するどんな顔認証システムよりも高い精度で気づかれてしまう。

 また、仮にそれがクリア出来たとしても、声という問題もあって、どう考えても、自ら舞台へ上がることは出来ないという結論に至った帯牙は、一番信頼している親友に代役を頼みに来たのである。


 真凰まおと面識が無く、裏方としてインベイド計画を支えてきた第十六使徒、現日本インベイド社COO(最高執行責任者)であり、そして、仕事でもゲーム内においても、帯牙の右腕だった男――宮本哲也。


 帯牙から計画の全容を聞かされた宮本は、溜め息混じりに問い掛ける。


「随分とベリーハードなクエだな。俺にお前の代わりが務まるのか?」


 今まで、ゲームにおいても、仕事においても、代役を引き受けてきたし、自分以上に帯牙の代役が務まる者は居ないと自負してきた。

 本来なら、計画を聞くまでもなく、帯牙が練った計画なら安心して、そのレールに乗れるため、二つ返事で受けるのだが、5年ぶりに現れて土下座までする姿を見て、計画を聞かずにはいられなかった。


「俺の代わりが出来るのは、テッチャンしか居ないんだ!」


「そんなのは解ってる! そうじゃない、俺が聞きたいのは! 自分でやった場合と、俺がやった場合の成功率は幾つだ?」


 一瞬、帯牙は躊躇ためらいを見せつつも、正直に答えを告げた。


「俺が60%で、テッチャンが40%だ」


「クソが! 半分もーのかよ!」


 無論、帯牙の成功率が60%なのは、正体がバレないことが前提で、バレれば当然0%ということになるが、そういう答えを宮本が望んでいないこと汲み取ってのこと。


 今回の計画は、高難易度な上、失敗も許されねー。

 下手すりゃ、真凰まおだけでなく、みやびも失う。

 しかも、情報が漏洩ろうえいして、雅や真凰に気づかれる訳にもいかねーから、他の使徒も使えねーし、磐石ばんじゃくにするための地均じならしや、根回しすら出来ん!

 少数精鋭での一発勝負!


 激しく唸り、頭を掻きむしりながら、宮本は返事を搾り出した。


「受けてやる、受けてはやるが……条件付きだ!」


「なんだ? ギャラなら、言い値で払う」と言うや否や、宮本は帯牙の胸倉を掴んで怒鳴った。


「馬鹿にすんな! 金なんざ、要らねぇー!」


 そう言って、突き飛ばすように手を離した。


「上杉って子への負荷が大き過ぎる。自殺でもされたら、俺とお前の命を差し出しても足らんからな! 自殺されないように、24時間監視させる。そのために、俺の班(タイガーチーム・テッチャン班)を使う」


「了解した」


「あと、その子の親にだけは了承を取らせてもらう。責任は俺やお前だけでなく、インベイド社として取る。いいな!」


「あぁ」


「あと、お前のレールには乗ってやるが、現場での指揮は俺に一任してくれ」


「あぁ、任せる」


 ハァーと、大きな溜め息を吐いた後、宮本は了承する。


「よし、引き受けてやる」


「ありがとう」


 両手で握手を求めてきた帯牙の手を、宮本は右手でペシッとはたいた。


「で、終わると思ったか?」


「へ?」


「テンメー、今、俺を試したろ?」


「そんなつもりは……」


「嘘コケーーーッ! 完全にテメーは、俺を誘導して、俺に任せられるかを試しただろうが! 何年、テメーと付き合ってると思ってんだ! 舐めんなーッ!」


 すると、帯牙は「へへへ」と笑って誤魔化す。


「なんだ? こうやって、テメーを罵ってんのも、テメーの計算通りかーッ!」


「だから、テッチャンに任せられるんじゃないか」


「それで、褒めたつもりか? フザケやがってーーーッ!」


「まぁまぁまぁ」


「まぁまぁまぁ、じゃねーよ! テメー、俺がお前の納得する答え出せなかったら、どうするつもりだったんだ?」


「出せると信じてたよ」


「チッキショーーーッ!」



 2041年7月末日、香川。

 9月開校へ向け、急ピッチで学校が仕上がっていく中、慌ててグランドを駆ける小さな影が一つ。


「やっべぇぇぇーーーッ! 遅刻だぁぁぁーーーッ!」


 13時から作戦会議をすると連絡を受けていた筒井だったのだが、昼ということもあって、油断して二度寝してしまったのである。

 職員室の扉の小窓を覗くと、すでに会議は始まっていて、作業着姿の白髪白髭の老人が、なにやら説明をしている。

 それに気づいた老人は、筒井を指差し「遅ーーーいッ!」と怒鳴った。


「すんませーん、遅れましたー! あ、あれ? 宮本さん?」


「おう、筒井君か、君の結婚式以来だな」


「アンタまで、ジジイに駆り出されて来たのかよ」


「まぁな」


「ん? ジジイの間で、ひげやすの流行ってんのか?」


「誰がジジイじゃ! これは、アイツの代役としての役作りじゃ!」


「じゃ?」


「役作りじゃ」


「あぁ、そういうキャラ付けね。そーいやー、ゲームん時も、大佐だのなんのっつってたなー」


「ワシは少佐」


「知らねーよ!」


「遅れて来た癖に、態度がデカイな!」


「それは、スンマセン」


「今日からワシが指揮を取るから、よろしく」


「え? ジジイじゃねーの?」


「計画はアイツだが、それだともしもの時の対応が遅れる」


「え? じゃ、少佐って呼ばねーといけねーの?」


「いやいや、今日からワシのことは、用務員さんと呼ぶのじゃ」


「用務員の爺さん」


「爺さんは余計!」

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