第207話「帰るための理由」

 突然、自分を見る目が変わった香凛かりんに、用務員はその理由を尋ねた。


「ん? どうした、急に? この前は、老人虐待は趣味じゃないとか言っとったのに」


「それは、本当にゴメンナサイ……」


「いいよ、別に謝らんでも。シリアルキラー2世と呼ばれたお嬢ちゃんにしてみたら、三下さんしたの武勇伝に過ぎないだろうからな」


 そう言って、自分を下げて笑ったのだが、香凛の表情が曇り始める。


「もう、シリアルキラー2世とは言えない……」


「どうして?」


「今日の試合で、自分に才能が無いって解ったの」


「今日一日で、それを判断するのは早計ってモンじゃないかね?」


「ううん、そんなことない……」


 ハァーと大きな溜め息と共に肩は下がり、口へ運ぼうとしていたオニギリは膝元まで下がった。

 大きく沈み込んだ香凛を気遣って、用務員は話を戻す。


「話を戻そうか、なんでワシが強いと思った?」


「あぁ、そうだった! あのね、実はね、この学校にね……本当に、180km投げられる子が居たの!」


「はい?」


「ううん、もしかしたら、200kmかもしれない!」


 用務員は「もうそこまでくると、野球の例えじゃ解らんくなるよ」と笑った後、続けて「要は、とてつもなく強い子が居るんじゃな?」と、結論付けた。


「そう!」


「ん? その子に負けた時は、落ち込まなかったんか?」


「ううん、対戦してない……」


「え? あぁ、その子のプレイを見てか?」


「ううん、見たことない……」


「それでなんで、その子がそんなに強いって思うんじゃ?」


「えっとね、アタシが投げたボールをね、その子がバーンってして……」


 用務員は、明らかに雑な説明から入った香凛を制止する。


「ちょっと待ちなさい。急な展開から始めずに、最初に出会った頃から、順を追って話しておくれ」


 香凛は、記憶を整理しながら、話し始めた。

 ゲーム部の部員をスカウトしようと、学生寮の食堂で声を掛けていたら、ゲームが嫌いだという女の子と出会ったこと。

 ゲームを好きになってもらおうと思ったが、返って言い争いになってしまい、その子が怒って食堂から出て行こうとしたので、試すつもりでボールを投げつけたら、避けるどころか跳ね返され、そのボールが自分の頭に当たったこと。

 そして、今日、桃李新宿との対抗戦に負け、泣いて帰って来たところで再び出会い、本当に強いなら教えて欲しいと願い出たこと。


「それでね、一試合目が余りに早く終わっちゃったからさー。アタシ、そいつがサーベルタイガーの再来って呼ばれてるって、言い訳しちゃったんだよね」


「それで?」


「そしたら、その子『イチマルをダウングレードしないと乗れないヤツの何処がサーベルタイガーなのよ』って、言ったの」


「ほぉ~」


「でね、顧問の先生も同じこと言ってたって言ったら『その顧問優秀なんじゃない?』って……」


「なるほど。だから、知ってるワシが強いと思ったんじゃな?」


「そう」


「半分は、正解じゃな」


「え? 半分、間違ってるの?」


「ワシのように、詳しい者が必ずしも強いとは限らんよ」


「え? お爺ちゃんは強くないの?」


「用務員さんな。客観的に言えば、弱くもないが強くもない、中の上って所だろうね」


「じゃ、なんで知ってるの?」


「それは、ゲームが好きじゃからじゃよ」


「え? アタシも好きなんだけど……」


「それが残りの半分、当たりの方じゃ」


「へ?」


「それじゃ、まず間違いの方から説明しようかの」


「うん」


「これはゲームに限ったことじゃなく、好きにも色々ある。他で例を挙げるとしたら、鉄道ファンかな? 乗ることを主とする乗り鉄、車両に詳しい車両鉄、撮影する撮り鉄、この3つが有名じゃが、他にも音を録る者や、時刻表を研究する者なんかもる」


「へぇ~」


「GTWにそれを当てはめると、お嬢ちゃんは乗り鉄で、ワシは車両鉄といったところかな。つまりは、強いと言われてる者の機体調整を見るのが好きなんじゃよ。プレイでは、お嬢ちゃんに勝てないだろうが、GTWクイズならワシが勝つだろうね」


「なるほど。で、当たってる方は?」


「お嬢ちゃんは、彼を知り己を知れば百戦殆からずって言葉を知っとるか?」


孫子そんしの……」


「そうじゃ」


「そうか、そういうことか……」


「解ったようじゃな。顧問の先生がそれを知っていたということは、既に対戦相手として認識し研究している。つまりは、優秀ということじゃ」


 すると、香凛は立ち上がり、手にしたオニギリを無理やり口へ詰め込むが飲み込めず、用務員にお茶をもらってその難から逃れると、


「アタシ、顧問の先生に教えてもらう!」


「うん、ワシもそれが一番良いと思う」


「で、いつか、あの子に認められるくらい強くなる!」


「がんばれ」


「うん!」


 元気よい返事と共に、香凛は駆け出した。


 部室に戻る言い訳なんか、要らなかったんだ!

 教えてください!

 この一言で、良かったんだ!



 香凛を見送った用務員は、そっと重箱の蓋を閉じ、誰にも聞こえないように呟いた。


「帯牙、種は蒔いたぜ」

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