第205話「二種類の努力」

「アンタ、才能だけでやってるしょ?」


「えッ!? いやぁ~、そんなぁ~、才能だなんて~、アタシ、ほら、カエルさんだし……」


 照れくさそうに頭を掻く香凛を、相談を受けた少女は冷ややかな眼差しと共に否定する。


「褒めてないわよ。寧ろ、馬鹿にしてる」


「えぇぇぇ~」


「今ので、アンタがそこそこヤレル事は判ったわ」


 たった27秒の試合で、自分の強さが判ったと言われたことに驚く香凛かりん


「えッ!? 今ので!」


「まぁね。機体の動きや、相手を狙う速度、その正確さを見ればね」


「え? でも、当たってないよ……」


「それは、アンタが間合いを解ってないからよ」


「ま・あ・い?」


「フォーミュラーのカーレース、観に行ったことある?」


 香凛は、よく解らない質問に大きく首を傾げ「な、ないけど……」と、首を振る。


「直線でのフォーミュラーカーってね、もの凄く速いの。首を振るよりもね」


「へぇ~。でも、それとなんか関係あるの?」


「ジェット機は、フォーミュラーカーより速いのに首で追えるでしょ? 何が違うと思う?」


「へ?」


「全体を見渡せるところまで、離れてるからよ。何を言いたいかっていうと、腕を振るよりも速い距離で、コイツに戦われてるのよ。だから、当たらない」


「あぁ~なるほど。でもさ、そんなに距離を開けたら、当て辛くない?」


「どこまで離れる気なのよ。アンタが当てられる距離をキープしつつ、た・た・か・う・の!」


「当・て・ら・れ・る・距・離?」


「ハァ~、673mから722mの間なら当たるわよ」


「ホントに?」


「えぇ。でも、間違いなくガードはされるだろうし、向こうもそうはさせないと間合いを詰めて来るだろうし、それでも、アンタは負けるんだけどね」


「うぅ……」


「でも、27秒なんかで終わらないわよ」


「どうすれば、勝てるように……」


「その答えは、あと2試合先に見てから」


 香凛は、スマートフォンを操作し、沖田との二試合目を再生する。

 開始早々、レーザーガンを捨てる香凛を見て「アンタ、プライドだけは一人前ね」と言われ、恥ずかしそうに頭を掻く。

 戦場を映し出された画面には、ソードを振り回す香凛に対して、ただ避けているだけの相手なのだが、それを見て少女は、小首を傾げ「ネ・メ・シ・ス?」と呟いた。


「えッ!? ネメシスって、あの剣聖の?」


「うん。間違いない、ネメシスだ」


「でも、ネメシスは引退して……」


「たぶん、弟子ね。コイツなら、ネメシスの再来と呼ばれても可笑しくないわ」


「でも、避けてるだけなのに、なんで判るの? 刀一本だから?」


「違うわよ、足運びが同じなのよ」


「あ・し・は・こ・び?」


 香凛にその違いは判らなかったが、レーザーを刀で弾かれた経験がその答えが正しいものだと証明していた。

 その後、口数が減るのだが5分ほど眺めた後、少女は「長いわね」と漏らした。


「あのね、相手に舐められてたみたいで、15分いっぱいまで戦ってるの」


「ふぅ~ん」


 そう返事したものの、何か納得していない様子だった。

 そして、13分が過ぎ。


「あ! ここから、コイツ凄いの!」


 だが、幾つものレーザーを刀で弾き返す沖田の姿を見ても、特に興味を示さなかったのだが、ラストで少しニヤついたことが気になり、


「どうしたの?」


「あぁ、飛燕がね、ネメシスより速かったのよ」 


「ひ・え・ん?」


「次で、最後ね」


「そうね」と、三試合目を再生したのだが、30秒も経たない内に「もういいわ」と言われてしまう。


「え? もういいの?」


「アンタ、解ってないの?」


「解ってます……」


「ヒヨったプレイ見せられてもね」


「仰る通りです……」


「で、アンタは、コイツらに勝ちたいの?」


「うん」


「じゃ、答えるわね。3番目のヤツは、兎も角として、前2人は無理ね」


「努力しても?」


「努力ってね、2種類あるのよ」


「2種類?」


 少女は、かつて父親から教わった2種類の努力ついて、記憶をなぞるように語った。


 一つは、目標の為に、嫌な練習もいとわず、迂回して時間が掛かったとしても、積み重ねる経験のことで、成功に近づき易い努力。

 そして、二つ目は――、


「自己満足の努力よ」


「無駄な努力ってヤツ?」


「結果は同じだけど、それとは違う。自己満足の努力ってたちが悪くてね。やった気になるのよ。そして、結果が出ないのは、その努力の仕方が間違ってるのに、それを信じて疑わないの」


「え? アタシ、辛くてもやるよ!」


「さっき、才能だけでやってるって、アンタに言ったでしょ」


「うん」


「アンタさ、GTX以外、乗ったことある?」


「ない」


「オペレーターしたことは?」


「ない」


「アンタ、選り好みして努力してんのよ」


「そんなつもりは……」


「だ・か・ら、質が悪いのよ。それとアンタさ、顧問の戦い方が嫌だって言ったよね?」


「……」


「間違いなく、アンタより顧問の方が強い。それは見なくても解る。なんでだか解る?」


 声に出せないものの香凛は、正直に首を左右に振った。


他人ひとから嫌な戦い方って言われるってことは、それだけ誹謗中傷を浴びる可能性の高い戦い方ってことよね? それでも、その顧問は強さを求めた。それは賞賛できるほどの努力の上に立っている。でも、アンタはそれを嫌の一言で否定したのよ」


 その正しさを理解した香凛は、反論も弁解することも、立ち去る少女を止めることさえ出来なかった。

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