第204話「だって、ゲーム好きなんだモン」

 泣いたのは、負けて悔しかったからじゃない。

 桃李新宿へ入りたかったという想いが、胸を締め付けたからだ。

 逃げ出したのは、恥ずかしかった訳じゃない。

 自分が桃李にとって、必要のない人間だったのだと解ったからだ。


 桃李成蹊学院は、日本だけでも127校あり、志望校に落ちたとしても他を薦められていたこともあって、学ぶ気があると判断されれば、例え0点でも受かるのではないかと噂されている。

 その為、受験対策も他とは大きく違い「途中まででも良いし、間違ってても良いから、必ず埋めろ! 絶対に白紙で出すな!」というものだった。

 

 桃李を受験した上杉香凛うえすぎかりんの点数は、400満点中の392点と、合格するには十分過ぎるほどの好成績で、気になるのは最早、新宿かどうかだけだった。


 受かることしか考えていなかった香凛は、桃李へ行くことに賛成してくれた両親に、


「新宿は落ちるかもしれないけど、第二志望の埼玉か、第三志望の横浜には入れると思う。だけど、もし、他だったら……」


「もし、他だったら?」


「サンフランシスコに行っても、いいかな?」


「さんふらんしすこー!?」


「ダメかな?」


「解った。その代わり、トッププロになって親孝行してくれよ」


「任せてよ!」


 しかし、待ちに待った合否通知には、在籍できる校名ではなく『不合格』の三文字が書かれていた。


 白紙でもない、無記名でもない、面接に不備があったとも思えない。


 きっと何かの間違いだと、桃李へ問い合わせてみたのだが返って来たのは――より残酷な不合格通知だった。


「アナタは、当校に相応ふさわしくないと判断されました。よって、不合格です」


「て、点数は取れていた筈です! な、何がイケなかったんですか!」


「聞こえませんでしたか? 理由は言いましたよ? 当校に相応しくないからです」


「ふ、相応しくないって……そんな理由、納得できません!」


「なにか、勘違いしていませんか? ウチは私立です。貴女が納得しようがしまいが、不合格はくつがえりません!」


 どうして……


 最早、考えられる理由は、昨年行われたリトル世界大会準々決勝・北米戦しかなかった。

 すでに、前評判の高かったスカーレット・イングラムに単独で挑んだ香凛は、開始12秒で撃墜され、それが原因で日本は呆気なく敗退してしまったのだ。


 桃李は、ゲームの成績を優遇する事実は無かったんじゃないの?



 ――アナタは、当校に相応ふさわしくない。


 桃李を倒すためのかてとして、心に深く刻んで頑張ってきた。

 ゲーム不毛の地・香川で勝ち上がり、最後には桃李新宿を倒して、自分を落としたことを後悔させた上で、堂々と桃李新宿へ編入するつもりだった。


 桃李に入りたかった。

 新宿じゃなくても良かった。

 なのに、どうして……

 アタシの何が、相応しくなかったって言うの?


 何度も何度も、心の中で叫び続けた。

 桃李への想いが膨らめば膨らむほど、それが香凛へとし掛かり、走る速度を落とさせる。

 それでも、一歩でも学校から離れたかった香凛は、まるで転んだ子供が泣きながらトボトボと歩くように、寮へと帰った。

 フラフラになりながら寮の玄関を抜け、階段を上り、自分の部屋を目指す横を一人の少女が横切る。

 それに気づいた香凛は、思わず、その少女に声を掛けようとするのだが、その少女はイラついた表情で、


「二度と私の前に現れないでって、言ったよね?」


「貴女の言う通りだった……」


「は? なにが?」


「アタシが、アタシが、蛙だった……」


 そう言って、香凛は大粒の涙を流した。


「ゲームに負けたくらいで、泣いてんじゃないわよ!」


「だって……」


「アンタも、ゲーム辞めたら?」


 すると、香凛は大きく首を振る。


「辞めない! だって、ゲーム好きなんだモン!」


「あっそ! まぁいいわ、サヨナラ」


 そう言って、立ち去ろうとする少女の腕を香凛が掴む。


「なに!」


「貴女、ゲーム強いのよね?」


「は? やらないわよ」


「やらなくてもいいから、アタシのプレイを見て、どうすればいいか教えて欲しいの」


「ハァ? 嫌よ! 見るのも嫌って言ったの忘れたの?」


「いいじゃない、一回くらい!」


「嫌よ!」


 少女は、掴まれた腕を振り切って、廊下を駆け出したのだが、その場で泣き崩れる香凛を放っておけず、髪を掻きむしりながら「あぁ~、もぅ!」とハンカチを差し出し、


「一回だけだからね!」


「ありがとう」


 すると香凛は、涙を拭いた後、鼻まで噛んだ。


「あっ、ゴメン、洗って返す」


 だが、二度と関わりたくなかった少女は、


「もう返さなくていい、アンタにあげる。それより、早く見せなさいよ」


 香凛は、スカートのポケットからスマートフォンを取り出し、GTWのアプリを起動させた。


「あ、どれから見せたら……」


「え? いくつ見せる気よ!」


「そんなには……今日のだけだから3試合だよ。じゃ、コレから」


 スマートフォンを覗き込んだ少女は「イチマル……」と呟き、不機嫌になる。

 そして、27秒後。


「早!」


「仕方ないよ、だってこの人、サーベルタイガーの再来って呼ばれてるんだもの」


「ハァ? 何処が?」


「何処がって、アタシに言われても……みんな、そう言ってるんだよ」


「ありえない! イチマルをダウングレードしないと乗れないヤツの、何処がサーベルタイガーなのよ!」


「あ! そういえば、顧問も同じこと言ってた」


「へぇ~、だったら、その顧問優秀なんじゃない? 顧問に教えてもらいなさいよ」


「えぇ~、ヤだ~」


「なんでよ!」


「あの人の戦い方、ヤなの」


「は?」


「逃げてばっかなの」


「アタシも、そいつと同じかもしれないでしょ!」


「違う気がする」


「やってもないでしょうが!」


「やってみる?」


「やらないって言ったでしょ!」

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