第200話「瀬を早み岩にせかるる滝川の」

 沖田は、日下部くさかべに指示を出した後、駆け足で部室へと入り、ジオラマを操作する高橋に歩み寄る。


「高橋さん! 高橋さんは、名誉顧問の試合でお忙しいでしょうから、究道学園とのやりとりは、ボクが引き継ぎますね」


「え! いいんですか! お願いします!」


 筒井が苦手だった高橋は快諾したのだが、いきなり究道学園との回線を切断した沖田を見て、慌てる。


「ちょ、ちょっと! なにしてるんですか!」


「みなさん、名誉顧問の試合に集中したいでしょうから、外へ出てスマホで掛け直します」


「すぐ、掛け直してくださいよ! あの人、待つの嫌いみたいだから!」


「解りました。大丈夫です、高橋さんには迷惑掛けませんから、安心してください」


 そう言いながら、沖田は部室を出た。

 しばらく、歩いた後、自分のスマホを取り出して、究道学園に掛け直す。


「お久しぶりです。覚えてらっしゃいますか?」


「あぁ、さっき思い出したよ。それより、なんかあったのか?」


「実は、雅さんが来られましてね」


「なんだと!?」


 慌てて、カメラから外れようとする筒井。


「あぁ、逃げなくて大丈夫です。今、師匠と戦っています」


「ネメシスと?」


「目的は、ボクだったようです。おそらく、あの人が雅さんが日本へ向かってることを知って、師匠に連絡したんでしょう」


「ジジイか……やっぱり、テメーもジジイの指示で動いてんのか?」


「まぁ、そんなところです」


「随分と、えげつないことしてくれたな」


「それもこれも、彼女のためですよ」


「良い薬かもしれんが、上杉には少々苦かったと思うが?」


「誰の話をしてるんです?」


「彼女って、お前……そっちかよ!」


「当然です。ボクは彼女と戦うために、師匠にお願いしたんですから。で、どうなんですか?」


「未だだ!」


「そうですか、ボクが卒業するまでにはお願いしますよ」


「言われなくても、そのつもりだ。ところで、雅さんに対抗戦は、バレてないだろうな?」


「すみません、バレました。ですが、校名は伏せたままです」


「そうか、なら、桃李神戸と戦ってたことにしろ」


「しかし、データを見られたら……」


「それはコッチで、なんとかする」


「なんとか出来るんですか?」


「それは気にするな」


「あと、他の部員に、どう説明をしておきましょう?」


「新設校の三下さんしたに注目してたなんて雅さんに知られたら、説教喰らうと脅しとけ。事実、知られたら間違いなくそうなる」


「それは、勘弁して欲しいですね。あ! そういえば、部員の一人が貴女の正体知ってたんですが……」


「まぁ、居てもおかしくはねーな。だが、アタシは神戸を退職後、教師も辞めたことになってる。此処に居ることを雅さんに、知られないようにしとけ」


「えぇー! ボク、あの人、苦手なんですよねー」


「ごちゃごちゃ抜かすな! 命令だ! やっとけよ!」


 そう言うと、筒井は桃李新宿との回線を切り、ポケットからスマホを取り出して、電話を掛けながら、右京とひなたに注意を促す。


「いいか、お前ら、今、聞いたことは忘れろ! 上杉にも言うな!」


「は、はい……」


 筒井は、電話の相手が出るや否や「筒井だ! 今日、新宿と対抗戦してたことにしといてくれ! じゃな!」と相手の返事も待たずに切ると、また、すぐ何処かへ掛け直す。


「あれ? もしもし! もしもーし! 理由くらい言えよ」


 筒井の電話の相手である桃李神戸校の林田は、その理由を聞くため掛け直したのだが、すでに話中になっていた。


「部長、どうしたん?」


「ツッツーからやったんやけど……」


「え? 先生から? で?」


「今日、新宿と試合してたことにしとけやって」


「なんやそれ?」


「わからんけど、もし問い合わせの電話とかきたら、そう言っとけばえぇんちゃう?」


「せやな」


 簡単に受け入れた桃李神戸の部員たちと違って、次の電話相手が融通を利かさないことに、筒井は苛立っていた。


「いいだろ? ちょっとデータいじるくらい!」


「そんなこと出来ないよ!」


「緊急なんだよ! こちとら、一分一秒が惜しいんだ! サッサとしろ!」


「幾ら、君の頼みでも、無理なものは無理だよ!」


「使えねーな! ラルフ出せや!」


「無茶苦茶言うなよ! いくら社長でも、駄目なモンは駄目だよ!」


「うるせー! テメーじゃ話になんねー! 代われ!」


 社長と言われことに気になったラルフは、困っている社員に声を掛ける。


耕太こうた、どうした?」


「うちのカミさんが、GTWの戦闘履歴を弄れと」


「はぁ?」


「で、社長に代われと怒鳴ってるんですが……」


 貸せとばかりに手を出したラルフに、筒井耕太はスマートフォンを手渡す。


「あのな、紬。運営がデータを弄るなんて……」


「こいつは、タイガーの案件だ!」


「なにッ!? 解った。で、どうすればいい?」


「今日の桃李新宿が対戦した相手を桃李神戸と変えてくれ。あと、タイガーが動き出したことは、内密に頼む」


「了解した」


 5年か……長かったな、

 だが、これでようやく、あいつの喪も明ける。

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