第199話「拒絶」

 香凛は、筐体の中で震えていた。

 今までGTWをプレイしてきて、怒りや悔しさなど負の感情を抱いたことは勿論あったが、怖いと感じたのは初めてだった。


 リトル時代に、日本代表にも選ばれ、日本チームを優勝へと導き、東儀雅やルイス・グラナドにも認められ、GTWの世界ランキングにおいても、3000位台まで登り詰めることが出来た。

 例え、桃李に行かずとも、世界一に成れる。

 今日のこの時まで、自分には類稀たぐいまれなる才能が有ると、自負じふしていた。


 だが、露呈した実力は惨憺さんたんたる内容で、一試合目は何も出来ないまま瞬殺され、いや、今から思えば、それはまだ良い方で、相手は学生ナンバーワンなんだし、自分のミスを巧く突かれたのだと、自分に言い聞かせることも出来る。


 しかし、二試合目は違う。


 無名の相手に、数え切れないくらい繰り出した自分の攻撃は、当てるどころか掠ることさえ許されず、おなさけで銃を握らされたのにもかかわらず、その優位すら見せることも叶わず、時間いっぱいまでもてあそばれた挙句あげく、たった一撃で仕留しとめられた。

 しかも、それを防御することも、避けようと動作することすら出来なかったのだ。

 相手が本気だったら、開始数秒で決着が付けられたことは明白だった。

 自分が井の中の蛙だったと認識した時、ゲームが嫌いだと言った少女に笑われている気がした。


 ――カエルさん。


 耳を押さえるのだが、脳内で響く言葉を止めることが出来ない。


 そして、今、香凛を更に怯えさせているのが、第三試合の相手・日下部樹くさかべいつき

 もう負けられないという思い、そして、負けたことのない相手に負けるかもしれないという恐れが加わり、手だけでなく、歯さえも震え出した。


 三人目が、一番強いの?

 半年も経ってないのに、急にそこまで強くなる?

 きっと、知り合いだから選ばれたのよ。

 そうよ、きっと、そう!


 そんな考えがグルグルと廻る内に、筐体から出ることのないまま、時間を迎えてしまう。


 え、エリア、どうしよう?

 新宿?

 雨なのに?

 か、変えないと……、

 日下部相手に?

 もう負けられないのに、そんなこと言ってられない……、

 

 しかし、震えた手は、キャンセルではなく、決定を選んでしまう。


 あ!

 ど、どうしよう?

 だ、大丈夫よ。

 相手は、日下部だもの。

 きっと、大丈夫。


 そう自分に言い聞かせるのだが、カウントダウンと反比例するように、まるで胸を突き破るのではないかと錯覚するほど、鼓動は激しく内から胸を叩き、吐き気さえ催してきていた。


 一方、いつきは、冷静に香凛の行動を予測する。


「きっと、いきなり突っ込んで来るだろうから、まずは距離を保って……え?」


 しかし、香凛が取った行動は自分の知る好戦的なモノではなく、まるで初心者のように、大きなビルに隠れ、コチラに向かって撃ってくる。


「二連敗して、慎重になったのか?」


 樹は、それを巧くさばきながら近づくのだが、香凛は違うビルへと移動し、再び、ビルの陰から射撃する。


「何か、作戦でもあるのか?」


 だが、再び繰り返したことで、樹も香凛がヒヨっていることに気が付いた。


「どうしたんだ? あいつらしくない」


 ――上杉くんの両手両足を削ぎ落としてから、決着をつけるんだ。


「気は乗らないけど、それが上杉のためってんだからやるか!」


 その光景は、まるで怯え逃げ惑う兎を猟犬が追うようだった。


「お願い、引き分けでも良いから、早く終わって!」


 だが、その願いも虚しく、正確とは言い難い樹の射撃は、返って残酷に少しずつ香凛の装甲を削り、一肢、また一肢と失い、ブースターも破壊され、ダルマのような姿に変わり果てたところで、コックピットを撃ち抜かれ、ゲームは終了する。


 戦い方に不満を持っていた樹は、すぐさま香凛との回線を開く。


「ごめん上杉、嫌な戦い方して、先輩にやれって命令されてさ……」


 画面に映る香凛は、酷く落ち込んだ様子で、震えているようにも見えた。


「おい、どうしたんだよ、上杉! 体調、悪いのか?」


「……」


「そうだよな、おかしいと思ったんだよ。体調が悪いってんならさ、また改めて対戦してもらえるように言っといてやるからさ」


「……」


「負けたことなんて気にするなよ。お前、才能あんだからさ」


「五月蝿い……」


「おい、上杉、どうしたんだよ」


「五月蝿い……」


「あ、そうだ。お前、桃李の受験で名前しか書かなかったろ?」


「五月蝿い……」


「お前の学力なら、桃李へ編入だって出来るんだからさ、試験受けてみろよ!」


「五月蝿い!」


「お前、桃李に行きたかったんだろ?」


「五月蝿い!」


「新宿じゃなくったてさ、強い桃李は幾らでも……」


「五月蝿い!」


「そうだ、さっき戦った人な。あの人、新宿へ編入してきた人なんだぜ、だからお前も……」


「五月蝿いーッ!」


「おい、どうしたんだよ。雅さんから『待ってる』って言われたの、お前だけらしいぜ。だからさ……」


「五月蝿い! 五月蝿い! 五月蝿いーッ!」


「意地張るなよ、桃李に来いよ」


「拒絶したのはアタシじゃない! 桃李がアタシを拒絶したのよ!」


 大粒の涙を流しながらそう叫ぶと、香凛は筐体を飛び出し、逃げるように部室から走り去った。


「おい、上杉!」


 思わず事態に、右京は香凛を追おうとしたのだが、それを筒井が止める。


「加賀美、今は止めとけ」


 ジジイ、これがテメーの仕掛けってんなら、

 テメーの罪、重いぜ。

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