第198話「剣聖の弟子」

「兄さん! お願いがあるんだ」


「どうした、そんなに慌てて……」


 必死に懇願する弟に、兄はその願いを受け入れる。


「解った」


「でも、負けるかもしれないよ」


「今更構わんさ。それよりも、お前が頼み事する方が珍しいからな」


 そう言って、兄は笑い、弟の車椅子をゆっくり押し、家を出た。



 筐体に入る前と後では、明らかに桃李新宿ゲーム部員たちの沖田を見る目は変わっていた。

 異例のスピードでランクを駆け上がり、無敗のままS級まで登った実力者であったものの、1位の神谷に敗れ、そして、今は4位の新見に阻まれていたため、そこまでの実力だと思われていた。

 しかし、今は違う。

 GTW史上、長距離なら兎も角、至近距離でレーザービームを剣で弾く者は、数えるほどしかおらず、まして、刀一本の戦闘スタイルとなると、一人しか浮かばない。


 ――ネメシス。


 無冠のプレイヤーであったものの、今でもその実力は認められており「もし、ネメシスが引退していなければ、MIYABIのランクは2位だっただろう」と噂されている。

 その異常なまでの強さを持ったドライバーを一目見ようと、自然と沖田が乗る筐体に部員たちが集まって行く、それはS級部員とて例外でなく、


「マーベラスよー、司ちゃぁ~ん!」


 筐体から出るなり、いきなり抱きつき、キスまでしようとする島津の顔を両手で押さえつけ、必死で抵抗する。


「ちょ、ちょっと止めてくださいよ!」


「恥ずかしがらなくていいのよ」


「恥ずかしがってなんていませんよ! 単純に嫌なんです!」


 島津は、仕方なく諦めて、沖田から離れる。


「全く、こんなチャンス二度とないんだからね!」


「それは有難い……」


「なんですって!」


 再び、身構える沖田に、島津はいやらしい質問をする。


「司ちゃん、貴方、はなから引き分ける気なんて無かったでしょ?」


「さぁ、それはどうでしょう?」


 その物言いが癇に障ったのか、後ろに立っていた新見が噛み付く。


「格下相手に勝ったからって、図に乗ってんじゃねーよ!」


 沖田は、噛みついてきた相手を鼻で笑い。


「貴女が図に乗れるのも、今日で最後ですけどね」


「なんだと!」


 新見は沖田へ詰め寄り、胸倉を掴もうとするのだが、その手を真田に押さえ込まれる。


「お前も手を抜かれてたことに気づいてたから、沖田に噛み付いてたんだろ?」


「真田……」


「それよりも、沖田だ。お前は一体、何者なんだ?」


 だが、それを答えたのは、沖田でも他の部員でもなかった。


「ネメシスの弟子だ!」


 聞き覚えのある声に、新宿の部員全員が萎縮しながらも、その声の方へと振り返り、顔を見るや否や全員が挨拶と共に、深々と頭を下げた。

 まるで、大名行列のような光景の先に居たのは――、


 東儀雅!

 どうして、此処に居る?

 偶然か? それとも、バレたのか?


「ネメシスの弟子が、何しに新宿へ来た?」


 目的は、ボクなのか?


「お前の腕なら、何処でも優勝を狙えただろ? いや、そもそも学生如きの大会に、何の用があるんだ?」


 ならば、時間稼ぎが出来るか?

 まだ、アンタに気づかれる訳には行かないんだ!


「スカーレット・イングラムですよ」


「お前でも、スカーレットには勝てんか?」


「今やれば、勝てる自信はありますが……スカーレットは、いずれイチマルに乗るんでしょ?」


「イチマルに乗られたら、勝てんか?」


「乗りこなせたら……勝てないでしょうね」


「それで、新宿にか?」


「えぇ、実は師匠から、刀を持ったら最後、負けることを許さないと言われてるんですよ」


 ボクが気になって、態々わざわざ、日本へ来たんだろ?

 喰いつけ、東儀雅!


 だが、それを真田が遮る。


「名誉顧問、すみません。現在、対抗戦の最中でして……」


「対抗戦? 何処とだ?」


 マズイ!


「東儀名誉顧問! ボクに稽古をつけてもらえませんか!」


「お、おい!」


「構わん! お前、さっき負けることを許されてないとか言ってなかったか?」


 喰いついた!


「はい」


「いいだろう。筐体に乗れ」


 これで、時間稼ぎは出来そうだけど、

 負けたら、破門されるのかなぁ~。


 再び、沖田が筐体へと乗り込もうとしたその時、


「待て! 司ーッ!」


「し、師匠!? え? 総一郎先生まで、なんで?」


「ネメシス!?」


「弟子が刀デビューするというから、授業参観のつもりで来てみれば……申し訳ないね、雅さん。弟子の非礼は、この通り師であるボクが詫びるよ」


「なぜ、対戦を止める?」


「ネメシスの後継者として、学生の間、無敗にしておきたいのさ。はくが付くだろ?」


「すでに、神谷や、新見に負けてるぞ」


「刀を使ってない対戦は、物の数に入らない。だから、君も確かめに来たんじゃないのか?」


「今、アタシとやれば負けると?」


「ボクからすれば、この子は未熟でね。卒業までには、なんとかしたいと思ってるんだが、待ってもらえないかね?」


 雅の表情が曇ったの見て、車椅子を押していた総一郎が口を出す。


「そんなに戦いたいんなら、俺が相手してやろうか?」


「なんだと?」


「お前は、無影剣をかわせたことがなかったよな?」


「弟子も弟子なら、師も師だな。いいだろう。この際、誰が最強なのかハッキリさせようじゃないか、ネメシス!」


 部員たちの地鳴りするような「おぉー」と叫ぶ声に押され、部長の真田は高橋に指示を出す。


「高橋! ジオラマを名誉顧問とネメシスに切り替えろ!」


「た、対抗戦の方は……」


「そんなもの、後からでも再生すればいい!」


「解りました」


 混乱する部員たちの中、沖田は、そっと日下部くさかべの下へ近づき、耳打ちする。


「え? ボ、ボクに、そんなこと出来るでしょうか?」


「今の君なら出来る筈だ。そして、それは彼女のためにもなる」


「上杉のですか?」


「あぁ、そうだ。気が乗らないのなら、言い換えるよ。S級部員として命令する」


「わ、解りました」


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