第197話「燕が飛んだ日」

 筐体から一歩も出ないまま、香凛は沖田との第二試合を迎える。

 そんな香凛が選んだ戦場は、再び、雨の新宿。

 本心を言えば、晴天の戦場を選びたい。

 しかし、負けたから変えたと思われたくない香凛に、それ以外の選択肢はなかった。

 負けたショックを引きずり、また、苦手な雨天での戦場に、気が滅入めいる香凛であったが、相手の選んだ機体と装備を見て、怒りが沸々ふつふつと湧き出す。


 未調整の同一機に加え、防具は無く、武器は日本刀一本のみ。


 それは桃李新宿ゲーム部にとっても想定外の出来事であった為、部室のあちらこちらでざわつき始めた。


「負けた時の言い訳を用意しとくなんて、恥ずかしい男ね」


「ホントにそうかしら?」


「島津、お気に入りだからって、そいつは過大評価よ」


「じゃ、賭けない?」


「いいわよ、なんでも賭けてあげるわ」


「そうねぇ……今年いっぱい貴女、その髪型ね」


 すると、新見は鼻で笑い。


「いいわ。その代わり、アンタは坊主にしてもらうわよ」


「ぼ、坊主ですって!? アンタ! 髪は女の命なのよ!」


「アンタだって、アタシの髪賭けてるでしょうが! いいのよ、アタシは止めても。どうせ、勝負にならない賭けなんだもの」


「わ、わかったわよ! 受けてやろうじゃないの!」


「杉田ぁ~、バリカン用意しといてくれる」


「はい」



 一方、究道学園側でも、筒井を立ち上がらせるほどに驚かせていた。


 刀、一本だと!?


「思い出したーーーッ!」



 それは、今を遡る事10年、第7次GTW終結宣言のパーティーでのこと。


 自分の才能に限界を感じ、第一線から退くことを決意したつむぎは、偶然にも同じ日に、辞めることを決意した者と出会でくわす。


「アンタも辞めんのかよ」


「あぁ、兄さんが飽きてしまってね」


「アンタが代わりに、やればいいじゃないか」


「君は、残酷なこと平気で言うね」


 そう言った者に両足は無く、車椅子に乗っていた。


「すまない。でも、アンタなら足が無くても、やれそうな気がしたんだ」


「確かに、ドライバーも出来なくはないし、そこそこやれる自信もある。だけど、自分が納得できるプレイは出来ないんだよ」


「いつか、人並みに動く義足が出来るかもしれないぜ」


「そんな有るか判らない未来を待つより、もっと良いモノを見つけたんだ。つかさ、前に来て挨拶しなさい」


「はい」


 司と呼ばれた少年は、車椅子の車輪にストッパーを掛け、前へと歩み出る。


「こんにちは、沖田司おきたつかさと言います」


「こんにちは。この子が、そうなのか?」


「そうだ。潜在的なモノなら、兄さんより上だ」


「この歳でか!?」


「あぁ」


「そいつは楽しみだな」


 そう言って、紬は舞台上に居るトップランカーを眺め、車椅子の男・浅倉小次郎もそれを追いかけるように視線を移し、


「いずれ、あの頂上に立たせる」


「あの山は、高いぜ。がんばれよ」と紬は、司の頭を撫でた。


「はい、がんばります」


「アンタが教えるなら、リトルから活躍できそうだな」


「いや、この子は、ホンモノにしてから、世に送り出そうと思うんだ」



 あん時のガキか!

 そして、あいつが出したってことは、ホンモノに成ったんだな。

 なら、何故、今更、学生如きの大会に出す?

 これも、ジジイの仕掛けなのか?



 開始の合図と共に、雨を切り裂いて、一気に香凛との間合いを詰める沖田。


「舐めんじゃないわよ!」


 香凛は、レーザーガンを横へ投げ捨て、レーザーソードを抜く。

 それを観て、新見は思わず「あ! 馬鹿!」と叫び、島津はニンマリする。


 向かって来た沖田へ目掛け、縦横無尽にソードを振るのだが、巧くかわされ、当てることが出来ない。

 沖田は、居合い抜きのように、柄に手は置いてるものの、一向に抜こうとせず、ただ振られて来るソードを紙一重でかわし続けた。


「あぁ~、もう! なんで抜かないのよ! 司ちゃん! アタシの坊主が賭かってんのよー!」


 島津が焦る横で、新見は苛立ちを隠せないで居た。


 こんな調子で15分なんて、持つもんか!


 だが、そんな思いとは裏腹に、斬られるどころか、掠ることもないまま、10分が経過する。

 下唇を噛み観戦する新見よりも遥かに、戦っている香凛の動揺の方が激しく、次第に大振りになっていく。


「なんで、なんで当たらないのよーッ!」


 そんな時、大きく踏み込んだ足が濡れた路面で滑り、つまづき倒れる香凛。

 だが、それでも、沖田は刀を抜こうとせず、さらに香凛が立ち上がるのを待っていた。


「アンタ、一体、何様のつもりよ!」


 立ち上がって、再び、大きく斬り掛かって来た香凛を半身でかわすと、そのまま流れるように背中を蹴り、横転させる。

 すると、その先に、開始直後に投げたレーザーガンが転がっていた。

 それはまるで「取れ」と言わんばかりであっただけに、香凛は激怒する。


「馬鹿にしやがってーッ!」


 それでも尚、レーザーガンを取らずに斬り掛かろうとしたのだが、香凛がソードを振るよりも速く、沖田の前蹴りが腹部にヒットし、再び、地を転がされる。

 意地でも銃を取りたくない香凛は、再び、レーザーガンを拾わずに立ち上がるのだが、その直後、初めて振られた太刀がソードを持った香凛の右腕を斬り落とした。

 慌てて左手で、ソードを拾おうとするのだが、柄頭つかがしらでで脇腹を突かれ、三度みたび、レーザーガンの下へと転がされた。

 最早、ソードを失った香凛が勝つには、それを拾うしかなく、悔し涙を流しながら、レーザーガンを掴み連射する。


「クソー! クソー! クソー!」


 この時、筒井以外の誰もが「銃で勝たせてもらうのだろう」と思っていたのだが、香凛の放つレーザーは、一発も沖田をとらえることができない。

 時にはかわし、時には刀で弾き、一歩一歩迫り来る沖田が死神に見えた。


「あっち行け! あっち行け! あっち行ってよーッ!」


「10・9・8・7・6・5・4・3、飛燕ひえん!」


 終了まで残り3秒で放たれた太刀は、香凛のコックピットを無情にも斬り裂いた。

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