第193話「沖田の案」

「そうです。神谷さん、ボク、そして……」


 最後の一人を言おうとした時、S級4位・新見恭子にいみきょうこが沖田の発言を遮った。


「ちょっと待ちな、沖田」


「なんですか?」


「3人は良いとして、なんで5位のアンタがシャシャリ出て来るんだ。3人なら、上から順に神谷・真田・島津だろ?」


「それには、理由が……」


「ハァ? アンタがやりたいだけだろ?」


 聞けよ! 面倒臭いなぁ!

 色々あるから、5位をキープしてたけど、

 こうも縦社会なら、コイツだけでも抜いておくか?


 沖田の『色々ある』とは、ゲーム部の上位者にはそれぞれ責任が設けられており、1位は戦いのことだけを考えてもらうため相談役程度なのだが、2位から部長、3位は副部長、4位は教育係となっており、ランクが高く何も無いのは5位であったため、そこをキープするのがベストだと考えたのだ。


「なんだ沖田、その眼は? 文句があるなら、アタシを倒してからにしてもらおうか?」


 あぁ、もう、決めた!

 コイツ、次で倒す!


「沖田、もう一人は誰を指名するつもりだ?」


「ちょっと、神谷。そんなの聞く必要……」


「黙れ、新見! 俺が聞いてるんだ」


 チッ!っと大き目の舌打ちをして、仕方なく黙った。


「B級7位の日下部くさかべくんです」


 意外な指名でざわつく部員たちを押しのけるように、新見は沖田に食って掛かった。


「ハァ? テメー、なに言って……」


「黙れと言った筈だ! 新見ーッ!」


 滅多に声を荒げない神谷が激怒したことで、部室は凍ったような空気が張り詰める。


「沖田、理由を聞かせてくれ」


「はい。では、まず神谷さんを選んだ理由から」


「俺にもあるのか?」


「はい、ですが、その理由は皆さんと同様、ウチのナンバーワンだからです」


「で、まだあるんだろ?」


「はい。神谷さんには、様子を見ずに、全力でやっていただきたいんです」


「選ばれれば、そのつもりだが?」


「おそらく、秒で神谷さんが勝つと思いますが、もしかすると、それは手の内を隠すため、わざと負ける可能性も考えられます」


「確かに、有りそうだな。で、次に、お前はどうするんだ?」


「そこで、次にボクが引き分け狙いで、タイムアップまで相手の実力を出せるだけ出させてみようかと思います。どうです? 引き分けなんて役、誰かやりたいですか?」


 そう言って、会議に参加するS級ドライバーたちを見渡したが、誰一人、代わりを進言する者は現れなかった。

 それもその筈で、引き分けでも「新宿のS級と引き分けた」と放言されかねないし、引き分け狙いとなると、最悪、ミスで負ける恐れもあるからだ。


「で、最後の日下部を選んだ理由は?」


「我々の見立てでは、上杉くんは良くてB級でしたよね?」


「そうだな。だから、B級の日下部をぶつけると?」


「そうです。そして、日下部くんと上杉くんは知り合いで、日下部くんは上杉くんに一度も勝てたことが無いらしいんですよ」


「なるほど、お前でも手を抜くかもしれんが、格下の、しかもそれが一度も負けたことの無い相手となると、本気を出す可能性が高いということか?」


「その通りです。もし、日下部くんが勝つ、もしくは負けてもいい勝負をするようであれば、我々の見立て通りですし、上杉くんが圧勝すれば、有益なデータが残ります」


 すると、真田と新見の間に座る痩せた男が沖田に拍手を贈る。


「マーベラスよ、沖田ちゃん。アタシが認めた男だけのことはあるわね」


 いつ、認めたんだよ。

 てか、アンタだけには、認められたくないんだが?


「島津!」


「恭子ちゃん、ダメよ、眉間に皺寄せちゃ~。あとが残って、キレイなお顔が台無しよぉ~」


「ウルセー! そんなことより、アンタはコイツの案を飲むっていうの?」


 だが、それに答えたのは島津ではなく、真田だった。


「それに関しては、俺も賛成だ」


「真田まで!」


「沖田の案は、島津が認めたように名案だ。なんの落ち度も感じられない。文句があるなら、お前が引き分け役を買って出るか?」


「それは……」


「なら、決まりだな。高橋、それで相手と交渉してくれ」


「解りました」


「では、会議は終了する。各自、練習に励んでくれ」


 切れの良い返事と共に全員が立ち上がり、一斉に部室を後にしたのだが、部屋から出ようとした沖田の肩を島津が掴む。


「良かったわね、沖田ちゃん」


「あ、フォロー、ありがとうございました」


「いいのよ! それにしても、なんで沖田ちゃんは遠征したかったの?」


「それは、直に見て……」


「違うでしょ?」


「参ったなぁ~、バレましたか? 実は、本場のうどんが食べたかったんですよ」


「そう、それは残念だったわね。それじゃ、対抗戦、巧くやりなさいよ」


 沖田が「はい」と返事するや否や、島津は沖田の肩を掴んでグッと引き寄せ、耳打ちする。


「恭子ちゃんの時みたいにね」


 そう呟いて、いやらしくわらうと、筐体へ向かい歩き出した。


 おぉ~こわ!

 まさか、気づかれてたとは、怖いねぇ~、島津さん。

 となると、3位を奪えるかも怪しそうだな。


 心の内とは裏腹に、沖田の表情は楽しそうだった。

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