第191話「Clever」
十数年前に流行った2Dの格闘ゲームで対戦する、帯牙と紬。
帯牙は、リーチの長い通常攻撃で、ツンツンと突いては離れ、突いては離れを繰り返し、必殺技は使わないものの、少しずつ紬の体力を削るように奪って行く。
一方、紬は必殺技の飛び道具を繰り出すのだが、出す直前に攻撃を当てられ潰されたり、垂直ジャンプで避けられたりしていた。
ならば、状況を変えようとジャンプ攻撃を繰り出すのだが、対空で迎撃され、近づくことが出来ない。
そして、KOすることもされることもないまま、タイムオーバーを迎え、体力ゲージ差で帯牙が勝利する。
「あぁー、もう! ムカつく!! なんスか、これ? これが特訓なんスか?」
「いやいや、まずは身をもって体験してもらったまでなんだが……それじゃ、今度はキャラを交換して、もう一度やってみよう。紬くんは、俺がやった感じでプレイしてみて」
帯牙がやった戦法は、全てが通常攻撃で、つまりはレバーによるコマンド入力の必要が無い『ただボタンを押すだけの簡単なお仕事』であっただけに、自分が負けた理由はキャラ差によるものだとばかり思っていた。
しかし、いざ自分がやってみると、簡単に見えた『ただの作業』が思った以上にやり辛く、通常攻撃にも隙が存在し、巧く懐に入られ、手痛い
「さて、この二度の対戦で、何が解った?」
その質問に対して、紬は苦虫を噛み潰したような顔で一言「経験差!」と答えた。
「言いたい気持ちは解るが、それが本当だったら、これは指導ではなく、ただのイジメになる。それじゃ、もう一度キャラを交換して、戦ってみよう」
この対戦に何がアンだ?
一体、アタシに何が言いたいんだ?
帯牙の対応策を覚えた紬は、流石に今度は戦術を変えない限り負けないだろうと思っていたのだが、同じ戦術にハマり、今度はKOまで至った。
「さて、君と俺、何が違うか解った?」
「解ってたら、負けてないッショ!」
「そりゃそうだ。では、解答編と行こうか?」
「え? 自分で考えろじゃないの?」
「あぁ、これ以上は時間の無駄だ。気づくかどうかさえも、大した問題じゃない。聞けば、あっそうって程度だ。ただ、君の頭に刻む必要があった」
「は、はぁ……」
「君は、口に出さなかったが、やるのと見るとに差を感じなかったか?」
「確かに、キャラを変えれば、簡単に勝てると思いました」
「君がさっき出した答え『経験差』は間違いじゃないんだが、気づいて欲しかったのは、そこじゃなく、簡単に見えたという点だ」
「それが、なんになるんスか?」
「君と対戦しても、キャラ差であったり、運が悪かったと思わせる」
「ナメられるから、油断するってことッスか?」
「半分正解だ。プレイ中もそうだが、格下と思っている相手を攻略はしないだろ? 周りが持つ、君への評価を下げるってことだ」
「下手になれってこと?」
「いいや、下手に見せろってことさ」
「
「まぁ、そういうことだ。聞いたこと無いか? サーカスで一番巧いのはピエロだって」
「あぁ~」
「それと同じだ。どうして、君に負けたのかを解らなくする」
「えーっと、前に先生がスカルドラゴンを倒したようにッスか?」
「ん? いつの話だ?」
「ほら、アンタが部活を盗撮してた時の」
「あれは、セキュリティーであって、盗撮じゃなーい!」
「はいはい。まぁ、今は盗撮の話は置いといて、続きを」
「違うって言ってるのに、全く……で、刀真とスカルドラゴン戦な。あんな大掛かりな罠、やれって言われても作れないだろ?」
「まぁ、そうッスね」
「俺から言わせれば、あれはやり過ぎだ。効率も悪いし、時間も掛かる。刀真だからこそ出来る芸当だとも言える」
「え? 雅さんは出来ませんか?」
「雅ちゃんが、アレを出来るようになるには、もう暫く掛かるだろうね」
「あ、でも、スカルドラゴンには勝ちましたよ」
「あぁ、それは元々の自力が……って、話がズレてる! 今は君の話だ!」
「あ、そうでしたね。どうぞ、続きを」
「大きな罠なんて必要ないんだ。例えば、落とし穴を掘るにしても、対戦中にデッカイ穴を掘る時間なんて無いし、相手も待ってはくれない。だが、対戦を有利に運ぶという意味においての落とし穴なんて、
「なるほど。でも、負けた理由は解りますよね」
「それは、単純な答えとして見せてるに過ぎない。落とし穴に躓いて、負けました。どこに研究する必要がある? 罠が大きければ大きいほど注目されるが、それが小さければ小さいほど、自分のミスだとか、運が悪かったとか、仕様も無い手を使いやがってとか、向こうが勝手に単純な敗因を考えるんだ。何故、此処に来たのか、何故、躓いたのかなんて考えないんだよ。さっきの対戦、君は自分でジャンプしたつもりだろうが、俺にジャンプさせられたんだよ」
「え?」
「君と俺との違いは、攻撃の仕方じゃなく、如何に飛ばせるかだったんだ。君は知らない内に、俺が勝つための道筋を歩かされたんだよ」
「参りました」
なるほど、みんなが一目置く訳だ、ただの腐れロリコンじゃなかった。
「おい! 心の声が口から漏れてんぞ!」
エヘっと悪戯っぽく笑い、頭を掻く紬。
「あの~、でも、それって普通にやるより、ムズくないッスか?」
「その通り、君がこれからやる特訓は、かなり長く険しくなるだろう。普通に戦うよりも、神経を擦り減らすし、腕も知識も必要になってくる。だが、もし、君が本気で学び、会得することが出来れば、飛鳥ちゃんに勝つことだってあるだろう」
「え! 飛鳥に!?」
「さて、最終確認だ。紬くん、やるか?」
「やってやろうじゃん!」
筒井は、香凛と戦いながら、師から教わった内容を頭の中で復唱する。
罠が無駄に終わっても、気にするな。
銃や剣、盾にだって
やれることは、何をやってもいい。
紬くん、賢くなるなよ、
「どうした、上杉! そんなモンかー!」
「セコセコ逃げ回って、偉そうに言ってんじゃないわよ!」
戦場となっている神戸の街を駆け回る筒井が乗るGTMは、帯牙の愛機だったGTX777の後継機で、脚にはローラーブレードが付いており、更に日本の狭い道幅を考え、機体のサイズも高さ12m・幅4mと他のGTMと比べると小さい。
「なんだ? お前、逃げられたら勝てないのか?」
「墜とす! 墜とす! 墜とす! ぜぇ~ったい、墜とーすッ!」
密集した住宅地を駆け回る筒井を上から狙うのだが、世界と比べて日本の一軒家が如何に低くても10m近くあり、スケートのように少し屈んで滑走する紬を捉えることが出来ない。
時折、小馬鹿にするように、後ろ向きで滑り「来いよ」とばかりに手招きするさまに、香凛の怒りは頂点に達し、乱射を始める。
「ヘタクソ! どこ狙ってんだ!」と笑う筒井は、心の中で冷静に弾数をカウントする。
7、8、9……あと、3発。
「あーッ! もう! 切れた!」と、香凛が弾を補充するため、銃をホルスターへ収めようとした瞬間、衝突アラートが鳴る。
「えッ!?」
飛んで来た電信柱を慌てて避けたのだが、それは一本では収まらず、次々と飛来する電信柱。
「あぁ、
「もらったーーーッ!」
あと20mというところで、筒井は手に持った電線を強く引っ張っると、急に横から電信柱が現れ、香凛の両膝を引っ掛ける。
「うっそ!」
筒井へ向かう筈のベクトルは、地面へと向きを変え、その勢いを止められない香凛のGTMは、砕け散った。
GAMEOVERの文字を確認すると、筒井はスピーカーのスイッチを切り、呟く。
「初見は、飛鳥でも避けられなかったと言ってやりたいところだが、まだ、アタシの正体、隠す必要があるからねぇ。あぁ、メンドクセ」
ん? もしかして、先生(刀真)もそうだったのかな?
いやいや、アタシら、いい子ちゃん(良く出来た生徒)だったし、それはねーな。
そんなことを考えながら、筐体から降りてきた筒井の表情はニヤケ気味で、それに香凛が苛立つ。
「一回、勝ったくらいで、いい気になんないでよね!」
「はぁ? もう一回、泣かされたいのか?」
「泣いてませんー!」
負けず嫌いだけは、シリアルキラー2世だな。
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