第189話「Pixie」

 ――南城、らしく戦え。


 久しぶりにタイマン戦をすることになった筒井は、GTW筐体の中で、遠い昔の記憶を呼び起こしていた。

 それは、東儀雅と北川紗奈が高校を卒業し、更には顧問である虎塚刀真もインベイド社へ戻ることとなった、2027年の春。


 三連覇なんて気にしなくて良いと、卒業生や去って行く顧問にそう言われても、残された在校生としてはそうもいかない。

 安西美羽の才能は開花し、頼れる後輩も入部したが、自身の才能を高く評価できなかったつむぎは、副部長に選ばれはしたものの、サバイバルゲーム世界大会のレギュラーからは外れようと考えていた。


 アタシにはもう無理だ、サポートに回ろう。

 これは、あの時(バスケ)みたいに、辞める訳でも、逃げる訳でもないんだ。

 桃李が勝つために、オペレーターになるんだ。


 そんな考えを見透かされたのか、顧問がアメリカへ旅立つ日に、そう言われたのである。


「アタシらしく?」


「そうだ。普通にゲームをしているのは、お前らしくない」


「普通にゲームしちゃ、ダメなんですか?」


「ダメって言ってるんじゃない、ただ、らしくないんだ」


「らしくないねぇ……でも、なんで、今頃になって?」


「元々、教えるつもりだったんだが、インベイドに戻るのが急に決まったからな。それと去年までは、東儀が居たから、その必要も無かった」


「今年は、必要って事ですか?」


「優勝したいならな」


「アタシに、そんな才能残ってるんですか?」


「残ってるか残ってないかなんて、お前次第さ。二年前にも言ったが、高校の部活なんだ、別に勝つことだけが目的じゃない。連覇なんて気にしなくていい。だが、もし、お前が心から勝ちたいと望むのなら、今、変わるしかない」


「何をすれば、いいんです?」


「お前は、他人ひとのアゲアシを取ったり、揶揄からかったりするのにけている」


「それ、褒めてませんよ」


「すまん、確かにそうだな。だがな、きっと、お前ならゲームの中でも、それが出来るんじゃないかと俺は思ってる」


「相手をあおれと?」


「そうだ。冷静な判断を失った相手ほど、手玉に取り易いからな」


「う~ん? 言いたいことは解りますが……」


「なんだ?」


「それ、確実に嫌われますよね?」


 刀真は、それを否定することなく「嫌われるだろうな」と素直に認めて、高笑いする。


「無論、やるやらないはお前の自由だ。だが、お前なら、それを楽しむことが出来そうな気がするんだよ」


「やれば強くなれますか?」


「俺が弱くなるような指示を出すと思うのか?」


「解りました、やってみます」


「まずは、自分で考えろ。それでも、行き詰まるようなら……余り薦めたくは無いんだが、叔父さんを頼れ」


「えーーーッ!」


 あからさまに嫌な顔をする紬に、刀真は「気持ちは解る」と言った後、雅を親指で指差し、


「だが、東儀に夢中な今なら安全だと思う」


 それを聞いて雅が「じゃ、アタシが」と言い掛けたところで、その後に続く『一緒に』という言葉を打ち消すように、刀真は「ダメだ!」と否定した。


「アタシが危険だからですか?」


「勿論、それもあるが、それよりも、好きな女が傍に居たら、叔父さんはゴミクズ以下になるんだ」


「あぁ、そういえば、マリアさんも『長い間、会議に出られなった』って言ってました」


「そうなんだ。だがな、優秀なことは確かだ。おそらく、俺が教えるよりも、お前は強くなるだろう」


「先生よりも?」


「あぁ、それは保障する。実例もあるしな」


 と言って、飛鳥を指差すと、飛鳥は自慢気に無言で二度頷く。


「とはいえ、気をつけてはくれよ。まぁ、お前が好きになる分には、構わんがな」


「なりませんよ」


「あ! すまん、出来れば高校卒業してからにしてくれ」


「だから、なりませんってば!」


 なにすればいいんだ?

 挑発か?

 お尻、ペンペンでもすればいいのか?

 そんなことしてる内に、狙撃されそうなんだが……


 色々悩み、試してはみたもののうまく行かず、結局、虎塚帯牙こづかたいがを頼ることにした。



「あの~、お願いがあるんですけど……」


「すまないが、それには応えられない」


「へ? まだ、何も言ってませんけど? もしかして、先生から聞きました?」


「刀真にも相談したのか……」


「先生に薦められたんですけど?」


「なんだって!? 全く、教師の癖に、何を考えて……ハッ! まさか、あいつ雅ちゃんを!!」


「え? 雅さん?」


「申し訳ないが、紬くん。君の想いには応えられない」


「はぁ?」


「解っているとは思うが、俺には雅ちゃんが居るんだ」


「はぁ?」


「だからね、俺への熱い想いは、そっと胸の奥に仕舞しまっておいてくれ」


「胸の奥にある熱い吐き気が、ゲロになって出て来そうなんスけど」


「すまない、俺にそういう趣味はない」


「アタシにもありませんよ! あのね、ア・タ・シ・は!」


「解った、解ったよ。チュウだけしてあげるから、それでキレイサッパリ、俺の事は忘れて」


 と、変態ロリコンキモオヤジが唇を尖らせた瞬間、渾身の右フックが帯牙の左頬に炸裂する。


「アタシはね、アンタにゲームの戦い方を教わりたいだけ」


「なんだよー、それならもっと早く言ってよー」


「テメーが勝手に、勘違いしたんだろ!」


「そんな暴力的な弟子は、お断りだな。それに俺だって、副社長として忙しいんだぞ」


 すると、紬は胸ポケットから一枚の写真を取り出して揺らし、いやらしくわらう。


「雅さんの水着写真、アンだけど?」


 こうして紬は、その低身長も手伝って、GTW界で『ピクシー(悪戯好きな妖精)』と呼ばれるようになった。

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