第188話「Magicians Select」

 部室の鍵を受け取った右京たちは、部室へ行く前にA組へ立ち寄ったのだが、そこに香凛の姿は無く、教室に残っていたA組の生徒に、その所在を尋ねてみたところ「チャイムと同時に、鞄を持って走って出てったから、帰ったんじゃないの?」との情報を得た。


「筐体が来てるのに、帰ったとは思えないなぁ」


「部員の募集に行ったのかな?」


「いや~、もし、そうだったら、きっと何処かで騒ぎになってるよ」


「それもそうね」


 まだ、二日しか経ってないのに、長く付き合った友達のように、既にその性格を把握しているのが可笑しくて、二人は顔を見合わせて笑う。


「先生来るまでに部室空けてないと、またドヤされそうだから、探さずに行こうか?」


「そうだね」


 筒井の言った通り、体育館の裏を抜けると、そこには野球用とサッカー用の大きなグランドがあり、すでに両クラブとも、活気に満ち溢れた部活動を開始していた。

 そして、その二つのグランドに挟まれた道の先には、体育館かと思うほど立派なプレハブが建っており、その前には、仁王立ちする香凛の姿が!


「遅ーーーーーいッ!」


「いやいや、部室の場所知らなかったからさ、先生に聞きに行ってたんだよ」


「で、あいつは?」


「顧問をあいつ呼ばわりするなよ。先に部室開けとけって、ホラ、鍵貰って……」


 右京がポケットから鍵を取り出すや否や、まるで山猿の如くそれをさらう。


「目の前なのに、奪う必要あんのかよ!」


 そんな訴えも耳に入らない様子の香凛は、我先にとばかりに部室の右隅にあるドアに駆け寄ると、鍵を挿して開くなり「やったー! ジオラマだぁーーーッ!」と叫んで中に入った。


 クラブとして成立し、部活動が可能な土地が確保されれば、必ず、ジオラマが1台インベイド社より支給される。

 今まで、インベイドの施設や日本代表での合宿で見たことはあるものの、操作したことが無かった香凛は、何よりも先にジオラマを起動させ、早速、一番見たかった試合を映し出した。


 やれやれとあきれながら、右京と陽も続いて入室してみれば、その中には、筐体が左右に3台ずつの計6台、壁際には部室を囲うように、オペレーター用のPCが18台並び、そして、部室の奥にはジオラマの姿があった。


 不本意な入部ではあったが、入った限りは真面目に取り組もうと「なにから始めれば」と、部長である香凛に聞いてみたのだが「シーッ!」の一言で一蹴され、仕方なく備え付けられた椅子に座り、一緒に観戦することに。


 ジオラマに映し出された戦場は、地形以外に障害物が無く、時折映る太陽が眩しい。

 そんな中をたった二機のGTMが、激しい戦いを繰り広げている。


 こんなに速いのかー、ついて行けるかな?


 ゲームが嫌いだった訳でも、興味が無かった訳でもないのだが、小学3年からバドミントン漬けの毎日だった右京にとってGTW《グランドツーリングウォー》は、名前だけ知っているプレイしたことのないゲームの一つだったため、映し出されているデータが有名な試合だとは思わなかった。


 観戦に夢中な香凛、試合内容を見て自分に出来るだろうか不安な右京、そして、陽は背後の気配に気が付いた。


「あ、先生」


「随分と懐かしいモン、見てんなぁ」


「先生、この試合知ってるんですか?」


 何気ない問い掛けだったのだが、香凛はまるで汚物でも見るかのような眼差しを右京に向ける。


「嘘でしょ? マジで言ってんのアンタ!」


「なんだよ!」


「知らないなんて、非国民レベルよ!」


 筒井は、非常識呼ばわりした香凛を笑い、右京をフォローする。


「そいつは言い過ぎだ、上杉。こいつは、21年も前のデータなんだ。知らない奴が居ても、おかしくはない」


「21年前!? ってことは……今だと、もっとゲームは速いんですか?」


 ほぉ~、冷静にGTX1000の速度を見たか。

 選ばれただけのことはあるな。

 お前は、選ばれたことに気づいてないようだがな。

 ハァー、そういうやつを後、一人、見つけないとイケナイのかー。

 面倒なんだよ!

 答え、教えろよクソジジイー!


「安心しろ、今でも、そいつが最速で最強だ。このデータはな、2025年に開催されたエキシビジョン第3試合、サーベルタイガー対シリアルキラーの最強決定戦なんだ」


「全く、この私が再生してんのよ。それだけで、気づいて欲しいモンだわ」


 すると、筒井はそれを鼻で笑う。


「なにが可笑しいのよ!」


「サーベルタイガーとシリアルキラーを参考に出来る奴なんて、この世に居ねーよ!」


 たった一人を除いてな。


「今は出来なくても、いつか出来るよーに……」


「成らねーな」


「桃李新宿には居るじゃない!」


「あいつは乗れてない。おそらく、天才スカーレットが乗れなかったことを知って、乗れるようにダウングレードしたんだ」


「どうして、そんなことアンタが知ってんのよ!」


「あ、忘れてた。泣かせてやる約束だったな。上杉、筐体に入れ!」


「やれるモンなら、やってもらおうじゃないの!」


 そう言って、香凛は一番近い筐体へと乗り込んだ。

 筒井も、それに続いて隣の筐体に乗り込もうとしたのだが「あ! そうだ」と言って振り返り、

 

「加賀美は、登録まだだろ?」


「はい」


「近藤、加賀美に登録だけ教えてやってくれ」


「解りました」


「なんで知ってんの? てか、ヒナタちゃんはやったことあるの?」


「うん、ちょっとだけね」



 筐体に乗り込んだ筒井は席に着くと、まずはフットペダルと座席の調整を行い、それがピッタリ合ったところで、大きく背伸びした後、頬を両手で叩いた。


「上杉の最高ランクは、3000くらいだったよな? さて、今のアタシが何処までやれるか。まずは、上杉に勝たないと話にもならないからねぇ」

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