第184話「Polaris」

「スーちゃん、スーちゃん! あのね、コレ、アタシのロボットなんだよ」


 真凰まおは、自慢げにタブレットに映る自分専用のGTMをスカーレットに見せた。


「えーッ! 真凰ちゃん、もう乗れるの?」


 自分と変わらない身長の真凰がGTWの筐体に乗れたことに驚きつつも、やはり天才は違うんだなぁと、小さい体を駆使して筐体に乗る姿を想像したスカーレットだったのだが、


「違うよ。まだ、乗れてないよ。登録だけしたの」


「なぁんだ。真凰ちゃんなら、飛び跳ねて操作してるのかと思っちゃった」


「そんな、ルイさんみたいなこと出来ないよ」


 ルイス・グラナドの専用筐体が発表されたのは、2026年。

 AIオペレーターの発表と共に公開され、当初は「だから、ルイスは強かった」などと言われたのだが、その年、世界中のインベイド施設にルイスと同じ筐体が各1台ずつ実装されると、プレイした者は全て「よく、こんなのでプレイできるモンだ」と、ルイスを賞賛する声に変わり、アトラクションとして施設で楽しむことはあっても、この筐体を申請する者は現れなかった。


 タブレットに映るGTMを指でクルクルと回しながら、様々な角度で配色やステッカーなどを自慢する真凰。


「カッコイイなぁ、真凰ちゃんのロボット」


「でしょ! パパとママと一緒のヤツなんだぁ! イチマルって言うんだよ。でね、武器も、パパとママと一緒で……」


 真凰との思い出を辿りながら、スカーレットはGTX1000、そして、スノードロップを選択する。


 戦場に選ばれたサンフランシスコの空が赤く染まり、カウントダウンが始まる。


 3・2・1・GO!


 開幕と同時に、雅は一気にスカーレットへと接近し、上空からまだ動かないGTX1000に乱射する。

 ロックオンされた瞬間、スカーレットは反射的にアクセルを踏むのだが、今まで見たことない速度で景色が過ぎ去り、スタート地点のフォレスト・ノールズから、あっという間に超高層ビルが立ち並ぶフィナンシャル・ディストリクトへ!


「うわぁぁぁーーーッ!!」


 スーちゃん、踏みっぱなしは速いけど、そのままじゃ、曲がれないでしょ?


 真凰とレースゲームをしたことを思い出し、アクセルから足を離して、ビルへの衝突は回避できたものの、勢いを止めることが出来ず、マーケット・ストリートを転がる。


「その機体を選んでおいて、無様ね。終わりにしてあげるわ」


 再び、上空から、まだ起き上がらないスカーレットに照準を合わせた。


「機体損傷、12%低下か、でも、まだやれる!」


 予測されるスカーレットの行動は、そのままマーケット・ストリートを直進し、サンフランシスコ湾へ逃げるか、入り組んだ道を逃げ回るかの二択だと思われたのだが、スカーレットは、雅の想定を遥かに超える。

 寝転んだまま、雅を見上げると、雅へと向かいブーストを吹かせたのだ。


「十分に操れない機体で、接近戦が出来ると思ってるの?」


 スカーレットが何をしてくるかなど興味のない雅は、その照準をコックピットに合わせ、レーザーを放つ。

 レーザーがコックピットを捕らえるかに見えたのだが、スカーレットはそれを右拳で跳ね飛ばした。

 一瞬、その反射神経に驚きはしたが、雅は攻撃を止めることなく、レーザーの雨を降らせる。

 だが、次の瞬間、スカーレットは右のスノードロップの両端からソードを出すと、右手首を回転させ、向かってくるレーザーを次々に弾き飛ばした。


「そんな使い方があるなんてね。どうやら、オペレーターとしては一流のようね」


 高速で回転する拳は、両刃のレーザーソードが円を描いて体を守り、中心の拳はナックルダスターが守る為、それはまるで盾のように見えた。

 これは、万一の時の為に、帯牙が考えたスノードロップでの防御法で、GTX1000もそれに合わせ、拳が回転するように改良されていた。

 雅が「一流のオペレーター」と褒めたのは、刀真にしても、飛鳥にしても、この使い方をしたことがなく、例え、使わない機体であったとしても、その性能をチェックしていたからである。


 それに動揺することなく、雅は冷静に自分のテリトリーを守り、射撃に徹する。

 回転するレーザーの隙間を縫うことは出来ないものの、体の隅々までカバーしている訳ではない。

 両脚の膝から下は、雅の攻撃によって失われていた。


「えっと、アクセルワークに、パーシャルスロットル……」


 パパはね、アクセルを10段階に踏み分けるんだよ。

 真凰はね、パパを超えないとイケナイから、12段階にしようと思ってるんだ。


 スカーレットは、自分が対応できる速度を足に覚えさせ、それ以上は、踏み込まないように心掛けた。


「上手く使えるようになってきたけど、やっぱり、合ってないわね」


 雅は、西部のビル群へと誘い込む。

 スカーレットもそれを追うのだが、ビルが密集している為、行動範囲がせばまり、余計にアクセルを踏み込めなくなってしまう。


 手を無くしたスカーレットは、雅へと突っ込んだのだが、雅は華麗にそれをかわすと、その背中を撃ち抜いた。


 呆気ない幕切れであったものの、雅の印象は対戦前とは、全く別のモノになる。


「あの子が認めるだけは、あったようね」


 雅は筐体から降りると、その前で待っていたスカーレットの肩に手を置き、


「貴女、ドライバーへ転向しなさい」


「え!?」


「貴女、才能があるわ。あの子が認めただけのことはあるわね」


「ほ、本当ですか!?」


 あまりにも、不甲斐なくやられた自分には、その才能が無いと思っていただけに、雅の言葉は意外過ぎた。


「本当よ」


「でも、私、いつか真凰ちゃんのオペレーターをしようかと……」


「貴女、可笑しなこと言うわね。対戦したかったんじゃないの?」


 確かに、雅の言う通りだった。

 本当は、真凰と対戦したかったのだ。

 だが、真凰を待つという行為が、いつの間にか違う道を選ばせてしまったていたのだった。


「それにね、たぶん、あの子は両親と同じようにオペレーターを付けないわよ」


「そ、そうなんですか!?」


「えぇ。だから、スカーレット。ドライバーに成りなさい」


「はい」


「ただし、イチマルは辞めなさい。今の貴女に、イチマルは合ってないわ。自分に合う機体や装備を探しなさい」


「慣れるまで、乗り続けてはイケマセンか?」


「今、無理にイチマルに乗れば、貴女に変な癖が付くわ。もし、いつか乗れる自信がついたなら、その時、改めて挑戦……違うわね……」


 何が違うんだろうと、首を傾げるスカーレットに、雅は言い直す。


「スカーレット! いつか、必ず、イチマルに乗りなさい」


「え!?」


「その為に、頑張るのよ」


「はい!」


 雅は、真凰がゲームを辞めたことは伏せた。

 スカーレットを自分の後継者とする為に。



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[補足]


 タイトルのPolaris(ポラリス)は、北極星のことです。

 スカーレットにとって真凰は、プロゲーマーになるための道標みちしるべだったという意味として使用しました。

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