第185話「誰が為に鐘は鳴る」

 跳ね返されたゴムボールを頭に受けてから、まるで一人だけ時が止まったように動かなくなっていた香凛かりん

 これはこれでアリかと思ったものの、いつまでもそういう訳にはいかないと、右京うきょうは人差し指で、その後頭部を小突こづいてみた。


「ナニすんのよ! 痛いわねー!」


「ショック受けてる暇なんて、お前には無いだろ?」


「べ、別にショックなんて受けてないわよ!」


「今日中に人集めて、部の申請すんだろ?」


ひらのアンタに言われなくても、やりますぅー!」


 そう言い返して、再び、声を掛け始めようと一歩踏み出したのだが、食堂には自分たち以外に誰も居ない。


「あれ? なんで、誰も居ないの?」


「それはな……あと10分以内に此処を出ないと、遅刻するからだ!」


「早く言いなさいよ! アンタ、馬鹿なの!」


 香凛、右京、ひなたの三人は、食堂から鞄を取りに自室へと走り、3分後、再び、寮の前で揃って、学校へと歩み出した。

 寮から学校までは、徒歩5分と掛からない。

 三人は、十分に間に合う時間に寮を出れたものの、その歩みは会話に合わせるように、少し早くなっていた。


「アンタ、何人(部員を)捕まえた?」


「ゼロだよ、ゼロ。断られ続けたよ」


「ホント、役に立たないわねー」


「ホントってなんだよ! 前に役に立たないことがあったみてーじゃねーか! お前の方こそ、どうなんだよ!」


「一人も居ないわよ……あの子で、時間取られちゃったんだからさ……」


「時間を取ったのは、お前だろ? サッサと次へ行きゃー良かったんだよ」


「イチイチ、五月蝿い男ね。それだから、アンタ、モテないのよ!」


「勝手に、モテないキャラにしてんじゃねーよ!」


 仲が良いのか悪いのか判らない会話を隣でクスクスと楽しんでいた陽であったが、グランドに並ぶトレーラーを見て、その言い争いを中断させる。


「ねぇ、あれ見て! インベイドのじゃない?」


 7台並んだトレーラーの側面には『Invasion Works』と書かれてあり、赤いジャージを着た小柄の女性が、筐体を設置する場所を指示しているようだった。


「あ! ホントだ! なんで?」


「もしかして、別のゲーム部が出来たんじゃねーの?」


「え! この上杉香凛に断りもなく?」


「なんで、お前の許可が必要なんだよ」


「昨日、アタシの演説を聴いて、この上杉香凛を通さないなんてありえる?」


「ありえるだろ。昨日のお前は、完全にヤベーヤツだったからな!」


 今も、だ・が・な!


「はぁ?」


 香凛と右京が言い争いが激しさを増した頃、インベイド社の社員に指示を出していた赤いジャージ姿の女性が、コチラへと近づいて来た。


「誰か、コッチ来るよ」


「コラーッ! お前らー! 何時だと思ってんだ! サッサと教室へ……ん? お前、上杉だな?」


「アンタ、誰?」


 どう考えても、態度や発言からして、教師だろ?

 こいつ、本当に主席で入学したのか?


 だが、右京の想定した以上の答えが返ってくる。


「国語の筒井つついだ。そして、ゲーム部の顧問でもある」


「ゲーム部顧問!?」


「なんだ? お前も、ゲーム部か?」


「はい。1-C、加賀美右京かがみうきょうです」


「あ、私も。同じく1-C、近藤陽こんどうひなたです」


 陽が言い終わるのを待って、右京は続けて、一番気になっていたことを口にする。


「もしかして、他のゲーム部ですか?」


「他の? どういう意味だ?」


「俺たち以外に、他の誰かが申請したんですか?」


「いや、上杉が作る部だぞ」


「え! でも、俺たち、まだ5人集めてないんですけど……」


「なんだと! 最低でも5人だから、先に筐体の申請出してやったってのに! テメーら、なにチンタラやってんだ! シゴイてやるから、サッサと2人足して来い!」


「シゴイてやる?」


「なんだ上杉?」


「先生、シゴク前に、足届くんですか?」


 筒井の身長は、中学1年である自分たちよりも低かったが、筐体に乗れない程ではない。

 それは、明らかなあおりだった。


 慌てて右京が間に割って入り「す、すいません、先生。コイツ、ちょっと頭おかしいんですよ」と、妙なフォローをしたのだが、筒井はそれを無視して、香凛を煽り返す。


「ほぉ~、言ってくれるじゃねーか上杉。泣かしてやるから、サッサと2人集めて来いや!」


 えぇぇーーー! 先生まで!

 なんだよ! この不良漫画風な展開は!


「大した自信ね。あの東儀雅が認め、シリアルキラー2世と呼ばれたこの上杉香凛をシゴけるもんなら、シゴいてみなさいよ!」


 更に、陽も止めに入ったのだが、煽り合いは止まらない。

 最早、誰にも止められないのかと諦め掛けた、その時。


 キーーーン コーーーン カーーーン コーーーン!


「やっべぇぇぇーーーッ! 遅刻だぁぁぁーーーッ!」


 誰よりも早く、そう叫んで筒井がグランドを駆け抜けて行く。

 香凛たちも、慌ててそれに続く。


 初日から遅刻するという不安よりも、自分の運命が下り坂になっているのではないかと、不安に駆られる右京だった。

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