第178話「用務員さんな」

「お爺ちゃん、おかしいと思わない?」


「用務員さんな」


「此処に、170kmの剛速球を投げるアタシが居るのよ!」


「そんな凄い玉、投げられるんかね?」


「例えばの話よ。お爺ちゃんに、解り易く言ってあげてるの」


「用務員さんな」


「例えば、甲子園を目指してなくても、この学校に180kmの剛速球投げれるピッチャーが入ったら、普通、一緒に甲子園目指そうかなって気になるでしょ!」


「地味に、10km上がっとるな」


「お爺ちゃん、細かいことに拘らない!」


「用務員さんな」


 九月と言えど、まだ日は高く、校舎が赤く染まるよりも早く時は過ぎていて、明るいからと時間を忘れ、まだ帰らぬ生徒がチラホラ見掛けられた。

 究道学園の用務員である男は、白髪と長い白髭を携えている少し痩せた老人で、まだ帰らぬ生徒に下校時間が来たことを告げて回っていた。

 校庭を見終わった後、一つ一つ教室を回っていると、画用紙いっぱいに『ゲーム倶楽部、部員募集中』と書かれた紙を机に貼り、腕を組む少女の姿が在った。

 下校時間だと知らせに来たのだが、いつの間にやら、その女生徒の愚痴を聞くハメになったのである。

 優しく話に付き合っていたのだが、爺呼ばわりだけは、ことごとく拒絶していた。


「やっぱり、香川になんか来るヤツは、ゲームに興味がないのかな?」

 

「今の時代、そんなことはないじゃろ?」


「だ・よ・ね! お爺ちゃんの癖に、解ってるじゃん!」


「用務員さんな」


「もしかして、アタシの存在が大き過ぎて、近寄り難いのかな?」


「それはないじゃろ」


「どうしてよ!」


「お前さんが、そんな速い玉を投げるなんて、誰も知らないからじゃよ」


「えッ!? 嘘でしょ! シリアルキラー2世って呼ばれてんのよ!」


「ワシは、結構ゲームに詳しい方なんじゃが、アンタの名前、聞いたこと無いよ」


「お爺ちゃん、それはお世辞にも詳しいって言えないわ」


「用務員さんな」


「GTW好きなら、誰でも知ってることよ」


「そうなのか?」


「そうよ」


「それにしても、あのシリアルキラーの二世とはな。さぞかし強いんじゃろうな」


「まぁねって、お爺ちゃん、シリアルキラー知ってんの?」


「用務員さんな。もちろん、知っとるよ、超有名じゃし、対戦したこともある」


「へぇー、お爺ちゃんなのに、GTWやってるんだ」


「用務員さんな。これでも昔は、結構、強かったんじゃよ」


「昔ねぇ~」


 まるで武勇伝を語るオッサンのように、話を盛っているに違いないといった感じの表情を見せる香凛かりんに、用務員は昔の血が騒いだのか、


「なんなら、対戦してみるかね?」


「いいわ、老人虐待は趣味じゃないもの」


「随分な言われ方じゃな」


「もう、今日は誰も来ないみたいだし、また、明日にするわ」


「そうじゃな、それがいい。あ、でも、もう待つのは止めた方がいいと思うぞ」


「え? なんでよ!」


「理由は、二つある。一つは、君が皆が引け目を感じるほどの有名人なら、いつまで待っても来ないだろうね」


「え! なんで?」


「君の足を引っ張りかねないとか、君のレベルに付いて行けないとか考えてしまうからじゃ」


「そこは、ちゃんと教えるつもりなんだけど」


「言わなきゃ伝わらんよ」


「なるほど……で、もう一つは?」


「新設校だから、今はクラブが一つもないが、いずれクラブがドンドン増えて行くじゃろ? 運動部などに、才能ある者が行く可能性が高い」


「えッー!?」


「一年しからんから、レギュラーに成れるかもしれんし、パワハラするような先輩もらんしな。サッカー部とか野球部とかバスケ部とか、人気のクラブが出来る前にスカウトした方がいいぞ」


「スカウトかぁ……」


「RPGの勇者は、優秀な仲間を集めるモンじゃぞ」


 勇者という言葉が気に入ったようで、大きく何度も頷く香凛。


「確かに、お爺ちゃんの言う通りだわ」


「用務員さんな」


「世界を救う勇者には、選ばれし仲間が必要ってことね!」


「その通りじゃ」


「ありがとう、お爺ちゃん」


「用務員さんな」

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