第179話「俺の名は」

 ボクの名は……

 いや、今日から、一人称は俺にしよう!

 そうだ、今から、ボク、いや、俺は生まれ変わるんだ!


 俺の名は、加賀美右京かがみうきょう

 あぁ、そうだとも、よく名前負けしてると言われる。

 俺の人生、ずっとツイてなかった。

 なんなら、産まれる前からだ。


 聞くところによると、母親が好きだったゲームのキャラ名を付けられたらしい。

 全く、迷惑な話だ。

 小さい頃から、名前負けしてると言われ続け、

 渾名あだなが『ウッキョー!』とかは、まだいい方で、

 その変形で、ウッキーと呼ばれ、さらにそこからサルと呼ばれる始末。

 もう原型ねーじゃねーかよ!

 イジメだよね?

 もうこれは、イ・ジ・メだよね!

 いぢられ続けること6年、ホント長かった、長過ぎた!


 好きな女子に誘われ、バドミントン部に入った。

 そうそう、よく間違われてるが、バトミントンじゃなくて、バドミントンな!

 イバラキをイバラギと言われ、直したくなる気持ちと一緒だから!


 おっと、話を戻そう。

 好きな女子に誘われて、バドミントン部に入ったまでは良かったんだ。

 このまま亜由美ちゃんと混合ダブルス組んで、間違ってぶつかったりだとか、

 帰りに、アイス食べたりとか、

 キャッキャウフフな展開になる筈だったのに、

 変に才能出ちゃって、なんか試合で勝ちまくって、

 知らぬ間に、海外遠征メンバーとかにまで選ばれて、

 まぁ、これはこれで「きゃぁー、右京くんカッコいい!」って成るかと思ったら!

 いつの間にか、他の奴とキャッキャウフフしてやがった!

 ありえない!


 なんかバドミントンで推薦とか、いっぱい来てたし、監督も説得に来やがったが、全部断ってやった!

 俺の目的は、金メダルじゃなくて、亜由美ちゃんだったんだからな!

 言わねーけどな!


 失恋と渾名から脱却するには、最早、俺のこと誰も知らない土地で、やり直すしかない!

 グッバイ、亜由美!

 グッバイ、サル!

 

 メガネもコンタクトに変え、パーマも掛けたし、髪も茶色くした。

 あぁ、そうだよ、中学デビューさ!

 文句アンのかゴラァ!

 だが、俺の小学時代を誰も知らないんだから、デビューと気づかれることもあるまい!

 完璧だ! 完璧なやり直しだ!

 リセットと呼んでもいいだろう。


 この第一歩から、真・加賀美右京元年なのだ!

 俺を知らない、この香川の地から、俺の薔薇色の人生が始まる!


 ん?

 あそこで、腕を腰に当てグランドを見つめる女も、きっと今からデビューだな?

 同士よ、そんなポーズとってたらバレるぞ!

 ク・ク・クッ、今は見逃してやるよ。


 それにしても、究道学園なんていかつい名前の割りに、校則がヌルくて助かった。


 制服でも、私服でも構わない。

 パーマや髪の色など、どんな髪型でも構わない。

 ただし、学生の本分を忘れないこと。

 反社会的な活動をしないこと。


 全く、中学生から反社になるヤツなんて居るのか?


 えっと、グランドを抜け、校舎の裏手が、入学式を行う体育館か。

 おッ、集まってる集まってる。

 俺は、1のCだから……この列だな。


 学園長の無駄に長い話も、今から始まる加賀美右京伝説の前説だと思えば、苦にもならない。

 え? 学園制覇?

 する訳ないでしょ!

 そんな暇なんてないよ!

 失恋の傷は、恋愛でしか治せないんだよ!

 そう、俺は恋をしに来たのさ。

 部活なんてしないぞ!

 あぁ、してもいいけど、するなら会話の多そうな文化系かな?

 運動部なんて、二度とゴメンだ!

 そうだ、どうせ入部するなら、後出しがいいな。

 好みの女子が居ないクラブにでも入ろうモンなら、貴重な3年間を……、

 いや、此処って、一貫だから、6年か、6年も棒に振ることになるなんて堪えられん!


 おや? あの女子、グランドに居た……、

 代表だったのか、こうして見ると、あの子、なかなか悪くないな。

 ん?

 変なこと言い出したぞ?

 駄目だ!

 アイツ、ヤベェー奴だった!

 危ない危ない、さっき声を掛けてたら、流されてしまったかもしれん!

 俺は、ツイてる!

 以前のツイてない俺なら、アイツと同じクラスになっていただろう。

 間違いない!

 感じる!

 感じるぞ!

 幸運という名の津波が、今、この俺に押し寄せて来ている!

 そうだ、そうだとも!

 此処からが、俺、真・加賀美右京のターンだ!


 さて、クラスの女子たちは……、

 あ、あの子、結構、可愛いな。

 いかん、いかんぞ、右京!

 物色するのは、まだ早い!


「なに、あいつ、ジロジロ見てんの」


 となっては、元も子もないからな。

 今は、我慢だ。

 どうせ、この後に自己紹介があるんだから、物色はその時で良い!


「加賀美右京です。小学校の頃は、ウッチャン(大嘘)と呼ばれていました。よろしくお願いします」


 良い布石だ。

 本来なら、右京とストレートに呼ばれたいところだが、

 ウッキョー → ウッキー → サル

 もうこの流れは、ゴメンだ!

 加賀美でも、いいんだが、

 加賀美 → 鏡 → ミラー

 なんて、恥ずかしい変化もありえる……

 中学になったとはいえ、男子とは、そういう生き物だからな。


 なんとか、無事に一日を終えた。

 妥協したウッチャンという渾名も、なんとか定着しそうだ。

 呼ばれたこと無いからな、俺の方が慣れないとイケナイな。


 そういえば、近藤さん、可愛かったなぁ。

 あの子だな。

 あの子を彼女にしよう。



「あれ? 近藤さん、君も?」


「え? あぁ、アタシもこの寮なの。よろしくね」


「そっかー、奇遇だね。今後ともよろしく!」


 ホント、今の俺はツイてる!

 学生寮も格安だったし、寮母さんが作るメシも旨い。

 風呂も広くて、最高だ!

 そして、何より、近藤さんと同じ寮!

 最早、運命としか言いようが無い!

 なんだこの強運!

 怖いくらいだよ!

 あぁ、一緒に登下校する日々が容易に想像できる。


 風呂上がり、パジャマ姿でご機嫌に風呂と寮を繋ぐ渡り廊下を歩いていたら、急に後ろから呼び止められる。


「おい、そこの茶髪!」


 振り返ると、白い物が飛んで来て、右京は咄嗟にそれを掴んだ。


「危ないなぁ、何だよ、お前! あッ……」


「アンタ、運動神経いいわね」


 そこには、ヤベェーヤツが立っていた。

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