第177話「スカーレット・イングラム」

「日下部ーッ! 動くなーーーッ!!」


「え!?」


 ビルの陰から飛び出した上杉香凛うえすぎかりんは、敵と対峙していた日下部樹くさかべいつきが搭乗するGTMの背中へ、ブーストを全開の飛び蹴りを放つ。


「えぇぇぇーーーッ!!」


 勢いのついた樹の機体は、操作もままならず、無防備な状態で敵へと向かう。

 想定外の出来事に相手も戸惑い、咄嗟とっさに飛んできたGTMを斬ったのだが、香凛は樹の機体ごと、敵のコックピットを撃ち抜き、そして、ゲームは終了した。


「ククッ、勝つためなら、味方ごとやるか……まるで、シリアルキラーだな」


 GTWリトル世界リーグの表彰式に呼ばれていたルイスは、その決勝の舞台を観ながら笑ってそう呟いたのだが、その横に座る妹の渾名あだなを出された姉は、少し不機嫌そうにそれを否定する。


「そう? あの子なら、もっと巧くさばけたわ」


 プレイヤースキルじゃなく、プレイスタイルの話をしてるんだがな。

 やれやれ、3年経ったが、まだ引きずってるようだな。


 筐体から悠然と降りて来た香凛に、樹が詰め寄った。


「上杉! あの時点で2対1だったんだからさー、もっとスマートに出来たろ!」


「アンタ、チャンスは最大限に活かすって言葉、知らないの?」


「知らねーよ、そんなの」


「アンタも、まだまだ坊やのようね」


「なんだよ、それ!」



 ラルフ・メイフィールドによるリトルリーグ閉幕挨拶の後、準優勝となった北米チームの5名がステージへと現れ、続いて、優勝した日本チームの5名が北米チームと握手を交わして、表彰台へとのぼる。


 ラルフが全員と握手を交わした後、入れ替わるようにして、ルイス・グラナドと東儀雅がステージの袖から現れ、まずは準優勝チームから順に、お祝いの言葉とメダルの授与が贈られて行った。


 優勝チーム最後の選手・香凛となった所で、ルイスはお祝い以外のコメントを口にする。


「もしかしたら、君は、いつかシリアルキラーと呼ばれるかもしれないな」


 ルイスの発言に、雅は呆れながら溜息を漏らした。


 また、ルイスは調子の良いことを……。


「ホント、ですか!」


 ほら、本気にしたじゃないの……。


「あぁ、がんばれよ! ポスト・シリアルキラー」


「はい!」


 こんな子に、貴方は何を見たっていうの?


 祝いの言葉だけを言うつもりだった雅であったが、つい嫌味を含めた発言をしてしまう。


「おめでとう。ぜひ、シリアルキラーを超えてみせてね」


「はい! がんばります!」


「頑張って(出来るモンならね)。桃李で待ってるわ」


「ありがとうございます!」


 この時、雅やルイスにマイクが付けられていなかった為、この会話が世間に知られることは無かった。



 相原・日下部両名への聞き取りも終わり、緊急会議が解散になった後、まだ気になることがあった沖田は、樹を追いかけ呼び止める。


「日下部君、去年は、何か言われた?」


 それに対して、樹は情けないという感じの表情で、頭を掻きながら、


「去年は、準々決勝で敗退しましたので、雅さんやルイスさんには会えていません」


「あぁ、そうだった、ゴメンゴメン。そういえば、去年はスカーレット嬢の一人舞台だったね」


 スカーレット・イングラム。

 幼少の頃より、ゲームセンスが抜群だったものの、二年前まで一つ上の兄のオペレーターをしていた為、GTW界では無名の存在だった。

 しかし、兄が中学に進学したことを切っ掛けに、東儀雅の勧めでドライバーへ転向すると、みるみる実力を発揮し、彼女は兄も成れなかった北米代表に選出され、優勝へと導いたのだった。


「はい。僕は、彼女こそがポスト・シリアルキラーと呼ばれるに相応ふさわしい存在だと思います」


「そうなんだよね、あのスカーレットでさえ、ポスト・シリアルキラーとは呼ばれてないんだよねぇ。不思議だなぁ。あぁあと、スカーレットといえば、てっきり、此処へ来ると思ったんだよなぁ。僕は、来る所を間違えたかもしないなぁ」


 成績が優秀であれば、桃李の生徒は自由に桃李の他校へ編入が可能となっており、沖田は今年になって、木更津きさらずから新宿へ編入して来たのである。

 スカーレットも桃李のサンフランシスコ校に通っていたことから、新宿へ編入があるのではないかと注目されていたのだが、そのままサンフランシスコへ留まることとなり、現在、新宿の17連覇が危ぶまれている。


 もちろん、そのことは新宿でも問題になっていて、編入が無いと判った2月10日から、その対策が行われていた。


「それ、どういう意味だ、沖田!」


「あ、杉田さん、聞こえちゃいました?」


「お前、俺たちが負けるって、言ってんのか?」


「うーん? 今のところ、五分かなぁと」


「お前、マジで言ってんのか? あっちにスカーレットが居ようが、こっちにはサーベルタイガーの再来と言われる神谷さんが居るじゃねーか!」


 今年の2月、スカーレットが編入しないことを受け、桃李新宿のS級1位・神谷は、GTX1000の3人目の乗り手となった。

 乗れるだけでも凄いと言われていたことから、その後、神谷は『サーベルタイガーの再来』と呼ばれるようになったのだ。


「サーベルタイガーの再来ねぇ」


 少し馬鹿にしたような言い方をした沖田に、神谷も気づき、沖田を睨むのだが、そこへ、部長の真田がやって来て「サッサと部活を始めんか!」と注意を受けたことをいいことに、沖田は逃げるように筐体の在るプレハブへと走り去った。


 逃げた沖田に焦った杉田が、代わりに謝罪する。


「すみません。沖田は、俺からしっかり指導しておきます!」


 いつまでも、沖田を目で追うのを止めない神谷に、真田が声を掛ける。


「どうした、神谷? なんかあったのか?」


「いいや、なにも……」


 神谷が見ていたのは、沖田であって、沖田ではなく、東儀雅の姿だった。


 ――神谷、性能を落としたイチマルに乗って、楽しいか?

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