第176話「名付け親」

 ――ポスト・シリアルキラーと呼ばれた女が居る。


 そのパワーワードは、桃李成蹊学院・新宿・芸夢倶楽部を瞬く間に広がり、S級部員たちに部活動を休止させ、緊急会議を開かせるまでに至った。


 シリアルキラーとサーベルタイガーが、この世を去って、早5年。

 GTWでは、新機体や新武器の追加など、毎年のようにレギュレーション変更が行われていたものの、それでもプレイヤーにとってこの二人は、未だに別格な存在だった。

 それは、今までの戦闘履歴が全てサーバーに蓄積されており、ハンドルネーム、もしくはDID(ドライバー認識番号)を入力すれば、いつの時代の誰のプレイでも鑑賞が可能になっており、二人のスーパープレイは、今の時代も枯れる事を知らず、未だに戦い方の研究対象となっていた。

 また、二人の愛機であったGTX1000を乗れた者が皆無に等しく、最早、刀真と飛鳥の専用機と化していたのも、一つの要因である。


 そんな伝説のプレイヤーの一人・シリアルキラーになれる器が出てきたというのだから、部活を中止してでも、見ておきたいと考えるのも当然の結果だった。


「おい、シリアルキラーレベルが出たってホントかよ!」


 入室と同時に、そう問い掛けた部員も居たが、部長の真田さなだから「みんなが揃うまで、待て」と言われ、大人しく着席する。

 次々と上下白いジャージを身に纏ったS級部員たちが、ジオラマを囲み着席していくのだが、そんな中、空いているにも拘わらず、席に座らない者の方が数多く居る。

 それは、ゲーム部に独特の階級制度があり、明文化まではされていないものの、その暗黙にされたルールによって、S級ドライバー以外がジオラマの席に座ることは許されていなかったのだ。

 また、S級部員以外が部室に入ることも許されていない。


 数分後、最後のS級部員が入室し着席したところで、緊急会議が始まる。


「それでは、始めようか」


 真田の合図で、S級主席オペレーターの高橋がタブレットを操作し、説明に入る。


「今回、検証する相手は、上杉香凛うえすぎかりん。現在、中学1年の女子学生です」


「はぁ? 中坊で、女だと?」


「杉田! シリアルキラーが、15でトップランカーになったのを忘れたのか!」


 真田は、周知の事実を敢えて言わされることに苛立ちを感じながら、お調子者の杉田に注意を促し、杉田もそれを察して素直に謝罪する。


「すみませんでした」


「では、続けます。その女は、リトル時代にポスト・シリアルキラーと呼ばれたそうで、雅さんが『桃李で待ってる』と言われたそうです」


 最後の一言で、部員たちがざわめき出す。

 それは部員たちにとって、ポスト・シリアルキラーという異名いみょうよりも、東儀雅の言葉の方が重く感じられたからだ。


「あの雅さんが褒めたのか?」


 ゲーム部員たちの東儀雅の印象は、2036年を境にガラリと変わる。

 それ以前の雅は、褒めて伸ばすをモットーに優しく指導しており、その姿は正に女神のようで、毎年、顧問から「惚れないように、気をつけろ!」と冗談か本気か解らない注意を受けるくらいだった。

 しかし、2036年、刀真と飛鳥を失ったことで、自分にも他人にも厳しくなった雅は、部活動中に歯を見せただけでも、真剣に取り組んでいないと指導するほど、部員にとって恐れられる存在になっていた。

 特に、今年の部員たちは、昨年16連覇を達成したにも拘わらず、雅から2時間に及ぶ説教を受けていた為、余計に雅が褒めたプレイヤーが気になった。


「それでは、一番近い昨日のデータを再生します」


 最初、ジオラマに映し出された上杉香凛の戦闘履歴を真剣に眺めていたのだが、時間が経つにつれ、一人、また二人と、クスクスと笑い始める。

 30分後、戦闘履歴が終了し、高橋が「他のデータも見られますか?」とドライバーたちに問うのだが、


「必要ないだろ? なにがポスト・シリアルキラーだよ。イチマルでもねーし」


「全くだ。ちょっとガキを褒めただけなのに、大袈裟に言い過ぎなんだよ」


「でもまぁ、ガキにしちゃ上手いんじゃないの?」


「そうか? ウチなら良くて、Bってトコだろ」


「中1でCなら、才能は有る方だと思うぜ? もし、ウチに来てたら、高校に上がる頃には、Sに成ってんじゃねーの?」


 皆が言う通り、中の上程度のプレイにしか見えん。

 俺たちが気づかない何かが、コイツにあるのか?


 真田は、対面に座るS級1位の神谷なら、何か気づいたのではないかと問い掛ける。


「神谷、どう思う?」


「1つの履歴だけでは、何とも言えんな。相手に恵まれていただけなのかもしれん。高橋、近い日で、そうだな……5000人くらい居る戦場でのデータはないか?」


 高橋は、ジオラマのタブレットを操作し、条件を打ち込んで戦闘履歴から検索する。


「ありました、2ヶ月前になります。では、再生しますね?」


「頼む」


 だが、映し出された戦闘を見ても、部員たちの評価が変わることは無かった。


 どういうことだ?

 本当に、あの雅さんが、ガキを褒めただけなのか?


「女で、このレベルは珍しかったからじゃないんですかね?」


「悪かったわね、珍しくって」


「やだなー、新見さんのことじゃないッスよ」


「正直、新見のリトル時代の方が動けてた気がするし、俺にしても、神谷にしても、桃李で待ってるなんて言われたことない……よな、神谷?」


「あぁ……」


「不思議ですね……ポスト・シリアルキラーって呼ばれて、なんでボクたち、誰一人として、知らなかったんでしょう? 普通、GTWプレイヤーなら、誰でも知ってそうな情報なのに」


「沖田、お前の言う通りだ! 木下ーッ! 言った奴を此処へ連れて来い!」


 真田は、情報を持ってきた木下に命じると、木下はキレの良い返事と共に駆け出し、5分後、日下部くさかべと相原を連れ、部室へと戻った。


「中等部2年・相原、入ります!」


 それに習って、日下部も同じように名乗って入室する。


「お前たちに聞きたい。この上杉という女は、なぜポスト・シリアルキラーと呼ばれている?」


 二人は、なぜ知らないんだろうとばかりに顔を見合わせ、小首を傾げると、上級生である相原が代表して、それに答える。


「2年前のリトル世界戦の表彰式で、ルイスが上杉をそう呼んだんです」


「ルイス……ルイス・グラナドがそう言ったのか!?」


「はい……」


 再び、大物の名が飛び出したことで、さらに真田を混乱させた。

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