第175話「ヒエラルキー」
2041年4月10日。
桃李成蹊学院新宿校・芸夢倶楽部前には、先が見えないほど多くの入部希望者が集まっていた。
この行列は、新入生の時期だけに限った話ではなく、芸夢倶楽部にとって、日常のことだった。
桃李新宿のゲーム部は、中等部と高等部の合同クラブとなっており、それは部員数が少ないために起こる合併ではなく、U-18サバイバルゲーム世界大会の基準に合わせた形になっている。
U-18サバイバルゲーム世界大会が生まれた2025年は、インベイド社が筐体を用意できないことから、希望する高校のみの大会であったのだが、近年になり、普及率も上がって、その枠は中学生にまで広げられていた。
そんな桃李新宿の芸夢倶楽部の部員は、総勢420人の大所帯で、普通の学校なら人数制限を設けて入部を断りそうな人数なのだが、完全実力主義を謳うゲーム部は、より強い者を求めるため、毎日のように入部テスト、いや、正確には正規部員と入部希望者による入れ替え戦を行っている。
桃李新宿ゲーム部には、独自の階級制度が存在し、校内ランキングによって定められた順位によって、トップのS級から順に、A~F級の7段階に分けられている。
つまり、入部希望者と戦うのは、F級の部員。
完全実力主義であるため、例え高等部の3年と言えど、負ければ退部を命じられることも珍しくは無かった。
「関口さん……」
「今後、オペレーターとして、君たちを支えていくよ。受かればの話しだけどね……」
高等部3年の関口がそう言ったように、オペレーター試験もあるのだが、そう甘くは無く、実力が満たないと判定された場合は、退部を命じられる。
無論、日が変われば、再びテストを受けることも可能なのだが、部員から落ちているようなレベルでは、トップのS級はおろか、一つ上のE級でさえ危うく、自分の実力を知って諦める者も多かったのだが、中には自分を甘く見積もる者も居て、何度も入部テストに落ちているにも拘らず、部室前で駄々をこねていた。
「入部できないなんて認められるかーッ! 俺はGTWで、73256位なんだぞーッ!」
一見、この生徒が言った7万という自慢できそうにない数字なのだが、一般的な評価としては、決して低くい順位ではない。
それは、毎年、全世界の桃李ゲーム部出身の卒業生が1万人ほど排出されるからだ。
勿論、その全てがハイレベルのプレイヤーという訳でも、専業プロゲーマーになる訳でもないのだが、それでも、桃李の卒業生でひしめき合っていた。
「一般の混じったGTWの順位に、なんの意味がある? 文句があるなら、順位を2桁上げてから来い」
在校生の中には、一般ランカーを馬鹿にする者も大勢いて、それは在校生が部活を優先しているため、在校生が上位ランカーになることは、ほぼ無かったからだ。
特に、新宿校にとって、連覇こそが必須課題であって、ランクは大学に入ってからでも遅くないと指導されていたからだ。
それを証明するように、現在ランク1位の東儀雅を筆頭に、12位の安西美羽や歴代のS級部員たちが、1000位を切ることは無かった。
「次!」
「はい! 中等部1年D組、
「噂は聞いてるぞ、日下部。リトルで日本代表だったんだよな?」
「はい!」
「だからといって、例外は認めない。試験は受けてもらうぞ」
「はい!」
やはり、此処にも居ない。
上杉は、受からなかったのか……、
ということは、ゲーム順位を考慮してるって噂、嘘だったのか。
しかし、あいつの学力なら受かってそうなモンなんだが……、
――上杉、お前なら、名前だけでも受かるんじゃね?
まさか、真に受けて、名前だけ書いた……訳ない・よ・な?
毎回、入試の試験会場で「桃李は、ゲームの成績を優遇する事実は無い!」と否定しているにも
桃李は、特に学ぶ気の無い者には厳しく、
「GTWランキング3264位、しかも、あの東儀雅に『桃李で待ってるわ』とまで言わしめたこの私を、落とせるモンなら、落としてみなさいよーッ!」
落としたのである。
名前しかない答案用紙を見るなり、速攻でゴミ箱行きなのである。
「なんで、毎年居るのかねー」
そういって、採点者は廃棄用のダンボールへ、上杉香凛の答案用紙を放り込んだ。
例え、回答が間違っていても、一所懸命に書いてさえすれば、採点者も本気で向き合い、何か加点する要素はないかと、何度もチェックしてくれるのだが、直前の優しさで注意してるにも拘らず、それすら聞かないで白紙で出すような輩に費やしている時間など、一秒たりとも無いのである。
仮に、上杉香凛が他の希望エリアを書いていたとしても、定数に満たない学校が他にあっても、受け入れることは無かった。
まぁ、どっかの桃李に居んだろうから、大会で会うことになんだろう。
「さて、今日で何処まで昇れるか?」
リトル時代に、次世代の王候補として、注目を浴びていた日下部樹だったのだが、入部できたものの、F級筆頭に破れ、F級次席となる。
マジかよ!
これが新宿の、世界のレベルってことか……。
「樹じゃねーか!」
「あ、相原さん! 相原さんも、新宿だったんですね!」
「おーよ。オメー、初日でF級次席か! やるじゃねーか!」
「え? 凄いことなんですか?」
「俺なんて、一ヶ月入部できなかったよ」
「えーッ!? 相原さんが!」
新宿中等部二年・
「相原さんは、何級なんですか?」
「俺は、DとEを行ったり来たりの毎日だ。やっぱ、5年で代表に選ばれるだけあって、オメー才能あるわ」
「でも、F級ですよ」
そう言ってしまったことで、F級筆頭から睨まれ、樹はひたすら謝罪を繰り返した。
「もし、此処に上杉が居たら、何処まで行ったんでしょうね?」
「そうだな。あいつだけだモンな、雅さんから『桃李で待ってる』って言われたの」
何気ない一言だったのだが、そこに居た全ての部員が、まるで時間が止まったように静止する。
ただ一人、他とは違う白いジャージを身に纏った男子学生が、二人の下へと近づく。
「おい、そこのお前」
ゲッ! S級じゃねーかよ!
「は、はい」
「その上杉というのは、ナニモンだ?」
「リトル時代の日本代表で、ポスト・シリアルキラーと呼ばれた女です」
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