第174話「伝説の始まり」

 瀬戸内海から流れる潮風は、グランドの砂と混じって、心地が悪い。

 そんな潮風を物ともせず、少女は腕を腰に当て、これから訪れるであろう光り輝く未来を見つめていた。


「此処から、このゲーム未開の地・香川から、私の伝説が始まる!」


 この少女が、なぜ、日本国の香川県を『ゲーム未開の地』と呼んだのか?

 それは、今から遡ること21年前、香川県で施行された『ネット・ゲーム依存症対策条例』により始まる。


 家庭内で決めるルールを条例にする必要があるのか?

 罰則がないのに、守られるかどうかも怪しい。


 などの否定的な意見がある一方、


 ゲーム依存から子供を守る。

 課金についても、踏み込むべきだ。


 と、賛成の意見も多く、2020年3月18日に県議会で可決され、4月1日より施行さることとなる。

 施行された当年は、新型コロナウイルスが世界中を蔓延まんえんし「不要不急の外出は控えるように」と政府やマスコミのみならず、世間からも厳しい声が多かったこともあって、半ば強制的に、人々は家に居ることをいられた。


 そんな中で、人々が選んだ退屈しのぎの多くは、動画配信やテレビゲームとなり、この年、その分野の企業は、大幅に売り上げを伸ばし、それは香川県も例外ではなく、全国と比べてもプレイ時間に差がない結果を招き、条例化した効果は見られなかったと結論付けられた。


 しかし、それでも廃案になることのないまま時は過ぎ、桃李成蹊女学院から桃李成蹊学院に名を変えた2028年、桃李が「授業料をENで支払えるようにする」と発表したことで、全世界から桃李の建設を望まれるようになったのだが、それでも、香川県が誘致に手を挙げることはなかった。

 2041年の現在に至っても、日本で唯一、インベイド社の施設もそうだが、学校にゲーム部が無いのは、香川県のみとなっている。


 そんな香川県の観音寺市に今年新設された『私立究道学園』は、中高一貫であるものの、新設であった事の他に、日本では珍しい入学が9月ということもあって、本年度の生徒の数は、中学へ入学した生徒のみの、わずか182名だった。


 体育館には、入学する生徒とその父兄、教師を合わせ、およそ400名が見守る中、学園長の挨拶も終わり、引き続き、入学生の代表挨拶となる。


「入学生、代表あいさつ。1年A組、上杉香凛うえすぎかりん


 呼ばれた生徒は、歯切れの良い返事と共に壇上へと登る。

 その堂々たる姿を見て、生徒、父兄、教師、その誰もが「今年の生徒会長は、彼女が担うことになるだろう」と思わせた。


「長きに渡り、ここ香川では、ゲームという素晴らしい文化がしいたげられてきました」


 突然、妙なことを口走った生徒代表に、会場がどよめく。


「ですが、今年からは違います! なぜなら、この私、上杉香凛がこの不毛の地に!」


 慌てるように壇上へ駆け寄るジャージを着た体育教師らしき男性二人によって、両脇を抱えられ、連れ去られようとするのだが、それでもマイクを離すことなく、叫び続けた。


「私に付いてくれば、必ずや、インベイドの世界大会で優勝します! 入部希望者は1年A組、上杉香凛までーッ!」


 そんな生徒代表が連れて行かれたのは、クラスメイトが待つ1年A組ではなく、ずらりと教師が並んだ職員室だった。


「お前ねぇ~、入学式の代表挨拶で、入部募集してどうすんの?」


「いいじゃないですか、校長みたいな在り来りの挨拶より、盛り上がったと思いますよ」


「盛り上がるとか、盛り上がらないとかの問題じゃない! 様式美ようしきびってモンがあるだろ!」


「在り来りな挨拶が、洗練された言葉だと?」


「うーえーすーぎぃ!」


 一向に反省を見せない生徒に、教師は諦め、話題を変える。


「それにしても、なんでウチへ来たんだ? 普通、桃李だろ?」


 この教師が言うように、桃李成蹊学院は香川以外、全国各地に点在し、人口の多い県や北海道のように広い県には4つ在る県もある。

 また、その受験システムは通常と異なって、希望エリアの学校に合格せずとも、解答欄に学ぶ意欲が見られれば、例え0点でも、他に空きのあるエリアへ受け入れてくれるのである。

 つまり、特に偏差値や倍率が高い訳でもない桃李に、究道学園をトップ合格し、代表挨拶に選ばれた上杉なら難なく受かっただろうし、優勝するなんて腕が無ければ言わないだろうし、腕があるならENで通える桃李を選ぶ、当然の疑問だった。


「甲子園で、プロ予備軍みたいな名門校が優勝するより、無名校が優勝する方が感動的じゃないですか?」


 2030年以降、桃李以外でサバイバルゲーム世界大会の予選を突破した学校など一校も無かった。


「言ってることは解らんでもないが、例え、お前が150kmの球を投げるピッチャーだったとしても、それを取れるキャッチャーがこの学校を選ぶとは思えんのだがね」


 それは香凛も、気にするところであった。

 間違いなく、今年、来年に結果は出ないだろう。

 しかし、此処は中高一貫、6年あれば、なんとかなるだろうと考えたからだ。


「まぁ、ウチは私立だ。(香川の)公立と違ってゲーム部を創れない訳じゃないから、最低でも5人集めて、申請して来い」


「はい」


 職員室を後にした香凛は、自分の所属するクラスへと歩み始める。


 確かに、先生の言うとおり、

 まずは、私の160kmの剛速球を受けれるキャッチャーを探さないと。

 それにしても……、

 本来なら今頃は、新宿の中等部で、エースとして迎えられてた筈なのに!


 実は香凛、桃李を受験し、落ちている。

 前述の通り、上杉香凛は、決して成績が悪い訳ではないし、また、桃李の問題が難しい訳でもない。

 ただただ、香凛の希望した元・桃李成蹊女学院だった新宿校の倍率のみが異常に高く、香凛は新宿しか希望しなかったのだ。

 そして、その気になる今年の倍率は、なんと12142倍!

 まるで、宝くじかと疑いたくなる倍率で、その主な原因は、全世界の桃李受験生のほぼ全てが、新宿を第一希望として選ぶからだ。

 また、幼稚園からのエスカレータ組も居るため、受験による受け入れ数も限られ、このようなトンでもない倍率になってしまっている。

 だが、これはまだ良い方で、高校受験になると更に桁が変わるのだった。


 では、何故、受験生は皆、新宿を選ぶのか?


 その理由は二つあり、一つは東儀雅・飛鳥姉妹の直系の母校であること。

 そして、もう一つは、サバイバルゲーム世界大会において、創部以来、無敗の16連覇を成し遂げているからだった。


 オール100点でも、新宿には入れない。

 新宿に行きたきゃ、幼稚園から。


 そう言われるほどに、新宿に入るのは難しかった。

 じゃ、幼稚園から入ればいいじゃん、と思った方も多いのではないかな?

 読者の皆様は、お忘れかもしれないが、校風は名を変えても引き継がれ『学ばせるだけでなく、しっかり育てる』がモットーで、ENで支払えるようになったからとはいえ、桃李の学費はトンでもない高額なのだ。

 そう、幼稚園から通わせるには、相当な金持ちでなければ無理だった。

 なので、ゲームの腕がある者でさえ高校からの受験が殆どで、中学で受験する者は、相当な実力の持ち主と言えた。

 とはいえ、桃李は学業優先であるため、幾らゲームに強くとも、そんな推薦枠は桃李に存在しない。

 しかし、毎年、大会で優勝するため、実はゲームの順位も考慮されてるのではないかと噂されていたのである。


 桃李め!

 東儀雅が認めた、この上杉香凛を落としたこと、後悔させてあげるわ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る